三徳山 三佛寺 投入堂(完全解剖 製作編)18Mitokusan Sanbutsuji Nageiredou (kanzenkaibou-seisakuhen) 18
Kazz日本全国「古(いにしえ)」の旅
ⓚCG Kazz zzaK (+あい。)さて・・・、
前回の更新からかなり経ちました
「投入堂・日本一危険な国宝」シリーズです。
え〜・・早速ですが、
扉写真の状況・・わかります?
こういったのは本当は完成してからじゃないと意味ないのはわかってるんですが・・・。
ちょっと、今回は内容が地味なもんで、インパクトのある画が欲しいと思いまして・・・。(笑)
投入堂の東半分の
立体断面を持ってきました。
「立体断面。」立体断面。この言葉があるかどうかわからないのですが、通常断面図というと2Dが基本なのですが、CGなので断面図でありながらやや傾度がついた状態だとか、色々試すことができます。

諸々の調整はあるとしても、気になる投入堂の内部を含めた断面はこんな感じです。
写真は
投入堂身舎南北方向側。やや西側を切ったところです。投入堂が建つ斜面は角度を合わせてありますが、奥行きについては
現段階では不明なので残念ながら適当に作らざるを得ませんでした。
いずれ作らなければならない投入堂が収まる岩肌を含め、全域にわたっての崖の奥行きに関しても頭が痛いところですが、暫定ですので少し詰めて作ってあります。おそらくですが、実際はこんなもんじゃなく、入り口部分も含めもう少し広くスペースがあると思います。1.5mから2mはあるのではないでしょうか。
断面を新レンダーで画像生成すると、モデリングや細部のツメの甘さが一気に露出してまだ細部を見せられないのですが(笑)完成した暁にはデータ派の方にも満足していただけるようなこういう遊びをどんどんやっていこうと思います。
ちなみに写真の色。やけにシアンっぽいのですが、ワザとです。(笑)
さて、話は変わりますが、4月から投入堂の今年度の修行も解禁され、初めて投入堂を目の当たりにした方も多いと思います。
投入堂に感動するのはもちろんのこと、道中にある文殊堂と地蔵堂の縁周り、高所恐怖症の方以外は体験したと思うのですが、いかがでしたでしょうか。一般的にもあの浮遊感たるや相当のものだったと思うのですが、これは改めて言うことも無く、
「あるもの」が無いからです。
言わずもがな、その「あるもの」とは、
そう、
「高欄(勾欄)」(こうらん)です。
高欄とは言わば一種の「柵」のようなもの。
確かにあれだけ高所にある危険きわまりない文殊堂と地蔵堂になぜ高欄が無いのか不思議に思ったものですが、実は、かつて地蔵堂には(文殊堂は不明。)高欄がありました。

左は昨年2011年の地蔵堂。(右はちょっと時代がわからない。)
この地蔵堂に写っている高欄はオリジナルでななく明らかに後付けと思われるものでありますが、やはり昔の人も
「こりゃ、あぶねえな。」と思ったのでしょう。
近年、この文殊堂や地蔵堂での事故は聞きませんが、昔は現在ほど三徳山の入山が厳しくなかったようですし、子供の遊び場であったという話も聞きます。もしかしたら記録に残らない事故が多発しての対応策だったのかもしれませんが、いずれにしても高所にある三徳山のお堂にとって、「高欄」は切っても切れない建築部材であったことに間違いはないでしょう。
さぁ、というわけで、今回の日本一危険な国宝完全解剖編は、この
「高欄」について考えます。
といっても、オチがあるわけじゃございませんが、完全解剖編なのであらゆる部材に焦点を当てていきます。
あまりマジマジとは見ない投入堂の「高欄」をエントリーしてみます。
では、いってみましょうか。

さて、この写真は奈良・法隆寺五重塔の高欄です。あまり似つかわしくなく、好きになれない・・。
一概に高欄と言ってもその形状は様々で、建築用語的には単純に「柵」という意味合いで片付けられている高欄も個人的にはそれ以外に「ある種重要な意味を持つ」部材ではないかと思っています。
例えば、
「高欄はなぜ横木3本で構成されているか?」単純な「柵」という観点からだと、
「別に5本でもいいじゃないか。」または、
「1本でもいいでしょう。それより縦の木をたくさん入れなさいよ。」柵=安全策。ということであれば方法はいくらでもあるわけです。
深読みして意味付ければ、その3本に、
地覆=地、平桁=中空(己自身)、架木=天 などというように、もしかしたらそれぞれの意味合いがあり、3本で構成されているのかもしれません。
もっとも、代々の継承で建築している場合は特に意味も追求せず、
「こういうものである。」として作ってしまう場合も往々としてあり、本当のところは、全く意味がないものか、またはあるのだけどよくわからず受け継がれてきたのか、わかってるけどあえて拘らないのか。
制作者を含め他の方はあまり気にならないのかもしれませんが、自分的に何となく気になり調べているのですが、良く解らないのが実情です。単なる・・ってこともありそうです。
そう考えると高欄一つにとっても奥が深いもので、建築的にその時代の流行を追うと、
「いついつの時期のもの。」というように専門に研究されている方もいるかと思います。
実際、上の写真のような法隆寺五重塔の「卍崩し」の高欄といった特殊な例を含め、様々な高欄の存在を考えると、やはり、「たかが高欄、されど高欄」というところでしょうか。
ですが、素人である自分がそこまで深く考察すると、また例のごとく延々と書くことになり、まとめられないまま終わってしまう可能性が高いので、(笑)高欄そのものについての掘り下げは適度にして、ここでは投入堂の高欄を基本に、まずはザッと見ていくことにしましょう。

「ザッと」とは言え、一から勉強すると結構最初からお話ししなくてはならなくなります。
とにも、かくにも、まずはちょっとそのパーツ構成と名称を見ていきましょうか。
・・というわけで、デザイン的には様々ありますが、まずは考えられる高欄関係のパーツを一気に集めます。もちろん、こういう高欄は無いです。(笑)
【擬宝珠】 ぎぼうしゅ・ぎぼし(黄) ※黄色だとベースの白とカブって字が読みにくい。【欠首】・・・・・かきくび(青)【篠】・・・・・・しの(グレー)【親柱・擬宝珠柱】おやばしら ぎぼしばしら(黄緑)【架木】・・・・・・ほこぎ(赤)【平桁】・・・・・・ひらげた(オレンジ)【地覆】・・・・・・じふく(黒)【逆蓮】・・・・・・さかばす・ぎゃくれん(ピンク)【栭・通り栭・込み栭】・・たたら とおりたたら・こみたたら(紫)
※架木まで抜けている縦材が通り栭。平桁で止まっているのが込み栭。また、架木まで抜けている縦材を斗束(とづか)と呼ぶ場合もある。名称自体は本などによりやや違う書き方をしている場合もあるようですが、大体このような名称であります。
(※間違えたらすいません。)高欄というと大体、セットで記述されるのが、擬宝珠。(ぎぼうしゅ・ぎぼし)
親柱の先端に付属するカブラのようなものだが、この擬宝珠にも様々な形状があり、出来にも色々謂われがある。
千利休と古田織部の「擬宝珠」に纏わるエピソードは有名であるが、やはり焦点は、
「どこどこの擬宝珠はその形状が素晴らしい。」とか、その類いの話である。自分も改めて擬宝珠を比べたことなどなかったが、最近の旅行では注目するようになった。確かに素晴らしい擬宝珠がある。
一方で和様のカブラ型に対し、
禅宗様はいわゆる閉じた蓮の花を天地逆にした「逆蓮」型。
写真って撮っておくもんですね・・。逆蓮をどこかで撮影したはずなのだけど、見つからない。(泣)
この逆蓮は擬宝珠に比べ意匠の自由度がありバリエーションが豊富。見つけたらよ〜く観察しておいてください。素晴らしい意匠の逆蓮が結構あります。
和様と禅宗様からすると一般的にそういわれているのですが、稀に関係なくなっているのもあるようです。ちなみに昨年訪れた四国の豊楽寺なんかは建物は明らかな禅宗様建築でありながら高欄は和様。五重塔のような和・禅宗混合階層のようなものなのだろうけど、正確にはちょっとわからない。

そして、投入堂の高欄のポイントとなりそうなのが、この
「栭(束)たたら(づか)」一般的に地覆から垂直に架木まで抜けているのが、
「通り栭(とおりたたら)」平桁までで止まっているのが
「込み栭(こみたたら)」というそうです。これは知りませんでした。

中でも気をつけたいのが通り栭で、この先端は時代によって(?)斗形になっていることです。
投入堂にももちろんこの栭はありますが、斗形ではないようです。
ところで・・・。
今回に限り擬宝珠や逆蓮などの名称や由来などはこれまでとし、深く掘り下げないようにする。
なぜなら、
投入堂に、これらは・・・・無い。(笑)
それでは、長い前置きを経て、投入堂の高欄をじっくり見ていこう。

そして、こちらは本物の投入堂の高欄。
投入堂の高欄は極めてシンプル。
構成される部材は、架木・平桁・地覆の一連の水平材と、通り栭、込み栭の垂直材、それに釘だ。繰り返すが、独立した親柱は無く、もちろん擬宝珠の類いも無い。
現在の素木仕様と相まって、より一層そのシンプルさに磨きがかかっているようだ。
「う〜ん、これだけシンプルだと、投入堂独自の拘りってないのかぁ。」
色々凝視してちょっと気がついたことがある。
・・まぁ、当たり前と言えばそうなのかもしれないけど。
ネタがないので常識的なことをあえて力説させてもらおうか・・。(笑)
この高欄は投入堂ならではとでもいおうか、ちょっとした工夫がしてある。
(尚、地覆の上面ラウンド加工について、ここから先は写真検証で、実際に見た訳ではないので部分的にやや本人の想像が入ります。)
早速ですが、これは投入堂の高欄を単純化したものだ。
茶色が投入堂の床部分であるが、床、地覆、平桁、架木をただ単に順に取り付けていくとエラいことになるのです。
・・あれ、もうわかっちゃいました?

そう、これは以前も書いたのだが、投入堂の縁、つまりデッキ部は
北側及び西側共に全て約2度外側に傾斜している。上の写真はわかりやすいように、あえて床をかなり傾けているが、このまま地覆を床に平行した角度で組み付けるとご覧のように上部にいくに従って垂直材が傾く。
お分かりのように例え2度という角度でも、放射線状に距離が離れるに従って収まるべきところに収まらなくなるので材(つまり、栭)は基本的に垂直に建てなければならない。
で、結局投入堂の場合どうしたか?投入堂の場合、これを回避するために、見た目の意匠とともに違和感をなくすため地覆のみ上面を大幅に面取りしている。
これは通常拝観が下方向からに限られている我々からの視線では殆どわからない。

ちょっと極端に図解するとこうなる。
地覆のみ板に乗ったカマボコ型(本物はもうすこしRが緩やか。)にし、なおかつラウンド部の中央を縦軸に合わせるという細かい仕事だ。手前側のみならず、全面を削っている。架木も面取りはしてあるが、写真資料から見るとそれよりもしている感じだ。

ただ丸くすれば良いという訳じゃなく、角度が付いている分ホンの僅かだが手前と奥の丸みの距離が対象ではない。奥の方が微妙に長い。この図では極端に床の角度を付けているためかなり違うように見えるが、本物はかなり微妙な差だ。もちろん角度を計算して角があるまま組み付けても何の問題も無いのだが、意匠的に地覆の角が気に入らなかったのだろうか、こういうところに細かい拘りを感じる。

では、次に投入堂の「栭」(たたら)」そのものを見ていこう。
投入堂は
通り栭が北面7、込み栭が5。西面が通り栭5、込み栭が3だ。(写真では西面の死角に通り栭が2あります。)
一目瞭然だが、東面には遮蔽施設と思われる格子があり、高欄自体は北面と西面にしかない。
栭は込栭(こみたたら)はちょうど徳利のような形状をしている。
先端部は写真で見る限りコの字の斗形ではなく、架木を平受けしているようだ。
CGではエッジが効いて「いかにも」という感じだが、本物は結構風化がキテいる。

あと写真を見て気がついたのだが、この一連の栭は風化具合のせいなのかもしれないが、現存のものを見るとひとつひとつ微妙に形状が違う。当たり前だが、このような細かいRを多用している部材は職人の手作業で制作しているので、似ているようでもひとつとして同じものは無い。永年の風化による痛みでそれが微妙な差となり、現存する部材に現れているのかもしれない。

シンプルでなおかつ意匠的にも優れた投入堂にはやはりシンプルな高欄がよく似合う。
よけいな装飾はいらないだろう。
あと、投入堂豆知識。気がつきましたでしょうか。投入堂の縁板(南北方向21枚)の各材の幅は実は一定ではありません。バラバラです。特に西側の方が幅が詰まってきてます。

栭のピッチは等間で約45センチ。身舎のセンターにピタリと合いますが、地形的な問題から前面(北側)ど真ん中の柱からは外れます。

さぁ、最後になりますが、
投入堂の高欄の高さはどのぐらいであろうか?
文殊堂や地蔵堂の浮遊感から比べると、投入堂は柱も視線内にあるし、結構浮遊感と言う点では阻害されてるんじゃ・・。
と、思いがちなんですが、図面上で確認すると、北側縁板(床)から架木までの高さは、
「約45センチ」(!)おおっ、低い・・。
180センチの身長だと大体膝下だ。
これは、存在(あ)って無いようなもの。
投入堂は北側面のみが開けており、こと視界の良さや浮遊感などでは文殊堂や地蔵堂に一歩譲る(景色を楽しむ観光じゃなく、あくまで、修行です。笑)と考えていたが、やっぱり凄いんでしょうね。
また、投入堂が文殊堂や地蔵堂などと浮遊感と言う点で決定的に違うところ、ご存知でしょうか?
答えは、「床」です。
文殊堂や地蔵堂の縁板は隙間無く「ピタリ」と張られていますが、投入堂は全周隙間が空いてます。人間の視覚効果と心理効果を巧みに狙ったものといえるのではないでしょうか。
かくいう自分も上がった訳じゃないんですけど。(笑)
と、いうわけで、今回の完全解剖編いかがでしたでしょうか。
結構地味な部材である「高欄」に焦点を当ててはみましたが、思いのほかネタが空回り気味だったような気がします・・。
ただ、ひとつ感じたことがあります。
例えば、文殊堂や地蔵堂にしても、なぜ高欄が無いのか?
あのような場所に柵があると人はかえって甘えてしまう。
「ああ、守られているから大丈夫だ。」もちろん「守る・安全」ということを考えれば高欄はあった方が良いのかもしれません。
ただ、そうした枠を取り払うことにより、人は自らの神経を研ぎすまし、自分を守ることができるのかもしれません。
文殊堂と地蔵堂を廻る時、自分はもちろんのこと、周りの人にももの凄く気を使います。
お互いが充分に他人を思いやる気持ちがあるからこそ、あのような場所でも事故が起こらずにいるのではないでしょうか。
現代社会の縮図と相反する貴重な場所。
守られているものはたくさんあるけれど、それに甘えず精進を続けなさいという戒めであろうか。
高欄の無いあの場所で、自分はそんな一端を見たような気がします。
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