日本一危険な国宝21

05 30, 2011
三徳山 三佛寺 投入堂(完全解剖 製作編)13
Mitokusan Sanbutsuji Nageiredou (kanzenkaibou-seisakuhen) 13
Kazz日本全国「古(いにしえ)」の旅
投入堂 東横
ⓚ CG Kazz zzaK (+あい。) 投入堂 真東側より

さて、約月イチ連載(?)日本一危険な国宝シリーズ。完全解剖編も早いものでもう13回目になりましたか・・。
以前からこのブログを見ていただいている方は既におわかりいただけてると思いますが、ここではあらゆるものにマニアックにアプローチしています。中でも投入堂はその最もたるもので、製作と同時にあらゆるネタを仕込んでおります。

・・・とはいってもそうそうフレキシブルなネタがあるはずもなく、かといってあんまり放り投げというのも良くないので、そこは月に一度ぐらいのペースで更新してみたいと考えてます。(楽しみにされている方、間が長くてすいません。)

投入堂が時代的にも懸け造りの最高峰というのは異論が無いこととしても、最近、中・近世の懸け造りを立て続けに3棟見て参りました。いづれも個人的には素晴らしいものであると感じます。その内の一棟はすでにエントリー済みですが、他2棟についても近日中にアップするつもりでおります。
最近の中では既にエントリー済みの「寂光不動」
寂光不動アクセス編はこちら。
寂光不動詳細編はこちら。
寂光不動10
投入堂によく似ていて、見た目結構ビックリしましたが、なかなか面白い建物でした。

さて、完全解剖編。本家投入堂の方ですが、いよいよ・・というかやっとというか、大棟の直下、棟木を上げ、身舎切妻の屋根を対角に架けるところまで来ています。この辺りは正直、図面とにらめっこしながら微弱に進めているのですが、詳細が前回同様図面からではよく分からないような状況が多々あります。修理報告書も併用しているのですが、それでも分からない場合どうしようか・・。(笑)
身舎柱 上部
投入堂の天井部は以前のエントリーでも紹介したように「小組格天井」です。写真はそのままですが、勿論この上に一枚木床が張られます。棟木の反りは投入堂正面の飛檐垂木を組む桁柱より反りの角度はやや小さめです。
投入堂 身舎 反り
黄色が投入堂正面の飛檐垂木がかかる桁の反り。
投入堂 棟
ⓚ CG Kazz zzaK (+あい。)

投入堂は、立ち入り禁止部分があるので、一般の参拝は西側からに限られます。頑張っている人は上から、下から角度を変えて撮影しようともしていますが、基本的に西側からのみの参拝はかわりません。
投入堂 下部から
そう、この写真の位置です。
完全解剖編もこれから屋根側に行こうか愛染堂側に製作を移そうか迷ってはいるのですが、その前に、ざっと屋根構成について考察して見たいなと思っています。
意外と複雑なんです。
投入堂屋根構成4
一見簡単そうな投入堂の屋根構成ですが、ごく簡単なモデルを使うと、このような構成になっています。
写真と同じような位置だと構成がよくわからないようなので、角度を変えます。
投入堂屋根構成2
下からだとわかりにくいのですが、上部からみるとこのような感じでしょうか。
① 投入堂身舎屋根(檜皮葺部分・クリア メイン切妻(骨組)・緑 飛檐垂木兼北側庇(骨組)・青)
② 西側小庇(黄)
③ 北西側小庇(ピンク)
④ 東側小庇(赤)
⑤ 愛染堂切妻(黒)

とこのように、大体5つの屋根により構成されていることがわかります。この規模の建物にしては複雑です。

・・・・で、・・・なんですが・・。

これは今回だけで結論は出ないと思うので、このモデルが完成したときにもやろうと思うのですが、ご存じの方はもう知っているはずなのですが、
投入堂には、その建築方法と共に、もう一つの大きな謎があります。
それが、

「投入堂は、新築か、増築か?」

という昭和20年代から起きている一連の論争です。

新築 つまり、現在見られる投入堂の形は、建築当初から何ら変わっていないものであるか?
増築 つまり、現在見られる投入堂の形は、その一部(例えば愛染堂や屋根の一部など)でも後から付けられたものにより現在の形を為し得ているのか?


というこれまた難しそうな問題であるのですが、実際この結論はまだ出ていません。
一見完成されたデザインのような投入堂が、実は「増築ではないか?」という話を初めて聞いたときは、そうなのかなぁ?とは思いましたが、初めて目の当たりし、その問題と共に自分なりの答えを出そうとはしましたが、その答えも投入堂を知れば知るほど分からなくなっていきました。

投入堂はそれこそシンプルに造られてはいますが、屋根の構成は独特で、どちらかというと複雑な取り回しをしています。とくに東側の小庇と愛染堂の屋根の取り回しは、この論争を引き起こすのに相応しい複雑さです。(笑)
このように実は、「新築・増築問題」にしてもポイントとなるのは屋根。特にその問題の対称となるのは東側の小庇(赤)で、これは後付けではないかということらしいのです。確かに、このように複雑にしなくとも大きい屋根を一気に全部に掛けてしまえば事はそれで済むような問題なのですが、やはりそこは投入堂の設計者の拘り。そう簡単にはいかないのでしょうね。
投入堂模式図
ちょっとさわりだけお話ししますと・・。
上の図は投入堂と愛染堂の簡単な模式図です。向かって左(東側の問題となる小庇・赤)が問題の庇でいずれこのブログでも取り上げようとおもっておりますが、「普通こういう建て方はしないだろう」というぐらい複雑に愛染堂との屋根の取り合いをしています。
投入堂のような完成されたデザインをもつ建築の場合、まぁ、例えば、通常このようなデザインにする場合、西側小庇(ピンク)と東側小庇(赤)のラインが一致していないと何となく変な感じがします。その違和感の実際ラインは図のように微妙にズレています。いや、かなり東側が下がっています。研究者曰く、これが何やら焦臭いというわけです。(後はいずれ考察します。)

後付と思われる部材などを調査すればそれこそわかりそうなものだと思うのですが、これも簡単にはいかないようです。
いずれにしても、自分も投入堂の「屋根構成」がこの「新築・増築問題」の鍵を握るのではないかと感じています。

この問題はについては当ブログでもジックリと考察していきたいと思います。

皆さんはどう思われますか?

投入堂身舎上部
ⓚ CG Kazz zzaK (+あい。)

投入堂の南東方向からです。
本物もこういう角度から見られることができたら良いですね。

さて、まだまだ続く投入堂「完全解剖編」ゆっくりですが、末永くお付き合い下さい。
最後に上にアップした写真を使って。
投入堂 下部から
投入堂 同角度
現在の製作状況をほぼ同角度から。柱や船肘木がまだ角材のままなので少し太く見えます。


しかし、最近はカメラか建築のネタしかやってないような気がする・・。まっ、いっか・。


ⓚAll Rights Reserved. Photo by Kazz with GXR A12 28mm 50mm


眞葛ミュージアムに行ってきた。

05 28, 2011
宮川香山 眞葛ミュージアム  Miyagawa Kozan MAKUZU Museum
眞葛3
少し前にエントリーした眞葛香山こと宮川香山の高浮彫の世界。その超絶技法に興味を持ち、前回は期間限定で展示されている神奈川県立歴史博物館まで足を運んだ。
渡蟹水盤に見られる香山の代表作が展示されていたが、素晴らしい作品群であった。
自分の性格から、こういうときは一気に吸収した方が勉強にもなり、色々な意味でモチベーションが上がっている。例えその対称が焼き物であったとしても何ら変わりなく、宮川香山を色々と勉強したい衝動に駆られた。

結局、こうした意識の流れにより、横浜にある香山のミュージアムに足を運んでみた。
今回は、横浜にある

「宮川香山 眞葛ミュージアム」をエントリーする。

その殆どが輸出品である香山の作品が一同に集まり、これだけの規模で見られるのはおそらく日本中でここだけである。それ故ファンとしては貴重な聖地のようなものだ。
まぁ、そこまで勉強していないので、自分の感性にどれだけ訴えかけてくるものがあるのかを探ってみたくもなった。
眞葛2
実は、眞葛ミュージアムは私設美術館のように規模自体はそれほど大きくない。ビルの1階に場所を構える見た目は小さな美術館である。
眞葛1
但し、入り口にはガードマンが立ち、少し物々しい雰囲気がある。
基本的に平日は休館で、土日が開館だ。中にはいると出来たばかりの真新しい匂いがする。綺麗な美術館である。

大体こうした美術館というのは基本的に撮禁である。
ゆえに中の紹介がとてもしづらい。よっぽど、「ブログで紹介したいので、内部の写真を一枚だけ撮影させていただけませんか。」とお願いしようとしたが、他のお客様の迷惑になるのでやめておいた。

中は、年代別に香山の初期作品から順にレイアウトされている。

宮川香山作品は、大きく分けて3つの時代によりその作風が大きく変化する。

まずは、横浜移住当時、太田村に窯を開いた太田村時代(明治4年~8年)
そして、宮川香山の代名詞とも言える高浮彫時代(明治9年~14年)
最後は、釉研究からその手法をあみだした釉下彩作品時代(明治20年~)

大体このぐらいの年代を強襲し作品群が並べられている。

レイアウトも綺麗で、照明も良かった。全体的に見やすくまとめられていた。

ところで、香山=高浮彫のようなイメージがあるが、天才の片鱗が伺える太田村時代と、釉下彩作品もいずれ劣らぬ傑作揃いで興奮してしまった。作風は時代とともに異なりガラリと変化する印象があるが、奥底にあるポイントは不動な香山精神を感じることが出来る。違うようで実は似ている。
まだまだ勉強不足で奥深い香山を語るまでには至らないが、このひとの天賦の才はもとより、非常に研究熱心であることがわかる。
動物に対する観察眼や、当時はあまり知られていない天然鉱石から釉薬の素材に眼をつけ研究する独創的な着眼点など、やはり努力を惜しまない人であることが伺える。明治15年頃からの空白時代はひたすら釉薬の研究にいそしんだということだ。輸出品としての眞葛焼(高浮彫)に陰りが見え(あくまで輸出品として)新たな展開を模索しなければならない時でこそ、釉下彩という手法を使い眞葛焼の世界を守ってみせた。
宮川香山とはそういう人だ。
あたりまえだが、こうした所に来ると、作品の勉強は勿論であるが、人間の精神の勉強にもなる。
眞葛4
入り口スペースにはショップが併設されているが、数少ない宮川香山の資料と言うことで、図録「世界に愛されたやきもの」を購入した。3990円で安くはないが内容は素晴らしい。入場招待券が一枚サービスで付いてきた。案内の方に聞くと、秋にまた多少の入れ替えがあるようだ。こうした数が少ない作品群を長期的に見せるには中々苦労しそうであるが、まだ見ぬ香山作品が見られるということで、例えひとつしか作品の入れ替えが無くても見に行きたいと思っている。
残念ではあるが、特別な許可もなく撮影禁止の館内や、作品自体を撮影するわけにはいかないので、こうしたエントリーは、なかなか言葉が伝わらずもどかしい。
ただ、どうしても紹介したい作品があるので、図録を借りて少しだけ紹介したい。
もちろん、この作品の本物はこのミュージアムにあるので、是非足を運んで観ていただきたい。(画像は加工されています。)
香山遺作
香山作品で「蟹」といえば渡蟹水盤ばかりに注目があつまるが、それ以上に気に入ったのがこの作品である。

琅玕釉蟹付花瓶(おうかんゆうかにつきかびん)

小さい蟹が花瓶の口に取り付いた作品である。

これは宮川香山の最後の最後、絶筆ならぬ、完全なる遺作と言うわけではないだろうが、最晩年の作品らしい。

これが素晴らしい。

高浮彫最盛期の中でも、特に細工の細かい鳥(ウズラや水鳥、鷹など)は一見マット(艶消し)な雰囲気があり、作品とともに釉薬が目立たず、逆に高浮彫自体の存在感が浮き出て相乗効果を表している感じがするが、後期の釉薬研究後の作品群は、この花瓶のように同じ高浮彫でも雰囲気がまるで違う。
蟹などひとつ見ても、水から上がったばかりのように艶々していて更なる立体・独立感があり、それらのベースとなる相反する落ち着いた作品と共にそれらが相乗効果を生みひとつの作品として昇華させている。
この花瓶なども金彩などは一切無く、高浮彫時代のものとまるで違う。シンプルそのものの花瓶に蟹をつけてある。凄いのは、水に見立てた深く碧いグラデーションの釉薬を花瓶の内側にかけてあることだ。まさに、さまよった蟹が水を求めて間違って花瓶に入り込む様を表現するような素晴らしい出来栄えです。
香山の美意識。眞葛焼も産業の一部として利益を生むための造られた作品群であった時代もあるはずである。
こうした背景と共に移り変わる香山の意識と作品。その根底の一握りかもしれないが、ここは、それらを実際の目で見て感じることの出来る数少ない場所である。

宮川香山は、最終的には派手すぎる見るからに西洋向けの作品より、より日本らしい作品が得意だったという。

確かにこの作品を観ると、宮川香山が求めていた日本らしい美意識を感じることができる。貴重な作品である。

尚、これは余談だが、輸出品として多くの作品が海外に出ている眞葛焼きは、アメリカやヨーロッパのさり気ないアンティークショップなどで見つかることも多いと聞く。
ちょっとこの話にはドキドキする。もしかしたら、何気なく入ったお店で自分で見つけることもあるかもしれない。まぁ、それは難しいとしても、未だ見ぬ香山の超一級の作品群が逆輸入という形で多く日本に戻って見られることが出来ると良いなと思う。

「みなとみらい」からもアクセスが良い眞葛ミュージアム。香山に興味がある方は必見です。しばらく自分の感性を揺さぶられていない方にも(笑)お勧めです。
眞葛入場券
おっと、最後にここ眞葛ミュージアムの入場券は絵柄が何種類かあるようです。なかなか凝ってます。個人的にこういう拘り凄く好きです。(笑)(一枚は図録を購入してもらった。)

ⓚAll Rights Reserved.Photo by Kazz with GXR A12 28mm 50mm(一部「世界に愛されたやきもの」から撮影させていただきました。アスペクト・カラー変更)




静寂な光に包まれるお堂。寂光不動2

05 26, 2011
寂光不動 2 Jyatsukou-Fudou
Kazz日本全国古(いにしえ)の旅
寂光不動6
さて、千葉県君津市の山奥にひっそりとある、知る人ぞ知るお堂。

「寂光不動」

「寂光」とは、静かな、または、安らかな光。という意味です。
寂光不動。おおよそ観光地などとは無縁の山奥にある、静寂な光に包まれたお堂なのです。

前回エントリー、アクセス編はこちらから。

では、早速ですがこの「寂光不動」を掘り下げてみましょう。
寂光不動インフォメーション
寂光不動は基本的に山奥にある。管理している場所はよくわからない。もちろん社務所的なものなどは無い。
インフォメーションとして我々が唯一知りうるのは、「寂光不動尊の由来」と書かれた案内板であろう。
寂光不動建立のアウトラインはこの案内板でよく分かった。

前回の説明とやや重複するが、

当時地元旅名地区は疫病に苦しんでいた。光明寺の住職妙覚師はそれを何とかしようと考えていた。ある時、その枕元に不動明王が立ち、「不動尊を建立せよ。しからば疫病などの災害は去り、五穀豊穣が叶えられるであろう。」とのお告げを受ける。
光明寺の住職は、村人と共にお告げ通り、ここ寂光山山腹に「寂光不動」と建立する。


要約するとこんな感じか。

調べると確かに君津市に光明寺というお寺が存在する。だが、いまいち関係性はよくわからない。
改めて聞くことはしないが、興味がある方は調べてみても良いかも知れない。

次に建築物としての寂光不動はどうだろうか。

元々の寂光不動は江戸中期の建立(1758-1779年のいずれか)だと思われる。それほど古くはない。
そして、ここから少し分からないが、何らかの理由により一度寂光不動は無くなってしまったのかもしれない。(消失・倒壊?)なぜなら案内記述には、明治15年の再建、と書かれている。これについても詳しいことは分からないのだが明治15年(1882年)129年前だ。そんなに古い部材の様に見えないのだが。
一応昭和57年に改修工事が行われているようだ。
改修と再建を使い分けているところをみると、再建と言うからには完全に建て直しがされたと考えられる。
改修時に相当の部材の手入れがされたのかもしれない。結構な新しさだ。
ただ、何となく投入堂を見ているせいか、光加減もあり、遠景での全体的な見た目の印象的は古い。
もう少し詳しい資料が欲しいところだが、ないものか・・。

記述から探れる歴史はこのような感じだが、次に全体的なサイズを見ていこう。
幅、つまり桁行は約6.6m、梁行は約3.3mだ。高さの記述がないが、6mはない気がする。全体的には小さい。
寂光不動入り口
投入堂と違いお堂内に入れる。中には小さな不動明王が祭ってある。
入り口はこんな感じだが、とくに工夫された感じはなく、落床状にステップが組まれている。このステップまでは自然地形だ。
寂光不動高欄
高欄(こうらん)はこのような感じだ。
高欄は横木が三本入っている手摺のようなもので大概の神社や寺に見られる。タマネギに似た擬宝珠が付けられているものもあるが、シンプルに何も付いていない。
高欄の横木は名前が付いていて、上から、架木(はこぎ)平桁(ひらげた・ひらけた)地覆(じふく)と呼ばれる。寂光不動の平桁は縦に長い。普通は横だ。抜きを用いて造られている。
寂光不動屋根1
屋根は・・・これは新しい。一応垂木風に造ってはあるが、とってつけたような感じである。
ちなみにこういう場所での建築で一番建物にダメージを受けるのが崖を伝わり屋根に落ちることによる浸水である。投入堂は銅板を屋根中に入れて浸水対策としてあるが、こちらは単なるトタン・・ですか?・・何とかして欲しい・・。(笑)
船肘木などの組み物もちょっと見あたらない。屋根自体の重みはないので直接梁・桁に組み付けてある。
寂光不動屋根2
背面崖との境はこのように屋根を切ってある。最上部の屋根は切妻ではなく、45度程度傾けた片側のみだ。
寂光不動背面
背面自体は建物の直ぐ後ろにありクリアランスは少ない。左の崖を直接削って祀ってあるのが不動明王だ。
また、左側には大願成就を祈って、木刀が多数奉納されている。珍しい。
寂光下部
寂光不動も立派な懸造だ。下部はこのような感じになっている。それほど急な斜面ではない。
組み方はやっぱり新しい組み方だ。全体的に軽量なのでこの組み方でも全然大丈夫である。
寂光不動眺め
そして、寂光不動正面からの眺望だ。
残念ながら見通しは良いとは言えない。その点ちょっと惜しいが、投入堂のようにこの先100年は誰も上がれないということはなく、誰でも上がれる。そこが良い。
寂光不動全景
と、まぁ、こんな感じで寂光不動を説明してきましたが、建物自体は明治時代の再建建築ということで、建築技法以前に、あまり発見などはなかったのですが、こうして全景を見ても分かるように、全体の雰囲気は◎です。ただ、手前の近代的な柵は興ざめです。
アクセスも回り方によっては修験道のようでもあり、適度にきつく、楽しめます。子供でも大丈夫です。


さて、2回に渡ってのエントリーであるこの静寂なる光に包まれた奇妙なお堂、「寂光不動」いかがでしたでしょうか。資料が無さ過ぎて現状報告のような形になりましたが、投入堂の様なビジュアルを持ち、この手が好きな方にはたまらないものであることは間違いないです。
訪れるのは中々難しいかもしれませんが、お近くの方は関東の投入堂。「寂光不動」に参拝してみてはいかがでしょうか。


ⓚAll Rights Reserved.Photo by Kazz with GXR A12 28mm 50mm


静寂な光に包まれるお堂。寂光不動

05 25, 2011
苔の芽
静寂なる光が満ち溢れる、とある山の奥にひっそりと、それはある。

歩いていてふと下を見ると苔のグリーンが美しいので思わず撮影した。
そこから出ている「ひと芽」が成長する過程を、光が優しく見守るように降り注いでいる。
本当に静寂な場所にある。

名の通り。

ここは本当に静かだ。

観光客の喧噪はない。出逢いもしない。
時折風に揺らぐ木のざわめきと鳥のさえずり。多少の自分の息づかい。そして、自分が踏みしめる落葉の音しかそこには存在しない。

自分が静寂の光に包まれて、しばらく佇んでいた。

たまたま見たWEBの一枚の写真に釘付けになった。

遙か昔、自分が投入堂に興味がなければ大して気にも止めなかったかもしれないが、投入堂好きであれば、俄に見過ごせない一瞬となった。

「これは・・?」

ちょっと視線が止まる。

「よし、ここにいくぞ。」

そう思い、出掛けました。



さぁ、前置きが長くならないうちにタイトル行きましょうか。

謎の建築物とは・・・



「一体、何?」




寂光不動2
             寂光不動 Jyatsukou-Fudou
             Kazz日本全国古(いにしえ)の旅


さぁ、今回の Kazz zzaK (+あい。)ですが、前回の予告通り、この謎の多い建築物

「寂光不動(じゃっこうふどう)」をエントリーしましょう。

さて、現在進行形である別カテゴリー「投入堂完全解剖編」非常に好評でありますが、もし、そうした投入堂に興味をお持ちの方で、本日この寂光不動を初めて目にされる方、驚かれたのではないでしょうか。
かくいう自分も非常に驚きました。

「投入堂にそっくり・・。」

確かに形状自体は似てはいないのですが・・。全体の雰囲気が非常に似ている。

俗に「懸造(かけづくり)」といわれる建築物の中でも、投入堂をはじめとした「崖の窪みにお堂を建てる。」という建築の仕方。山岳信仰ありきの建築方法といえます。この建築方法を伴った建物というのは数は多くありませんが全国にあります。前回、平泉に出掛けたときにも実はこの「懸造」の建築物をひとつを見てきました。これに関しては、本来なら先伸びのこの建築物をエントリーしたいところなのですが、救出ファイルの件もあり、記憶の新しい内にこちらの方を先にエントリーしようと思ったわけです。

ご存じのように、実はこの懸造といわれる建築方法は、特に崖の窪みという場所に限りません。多少の山肌や僅かな斜面にも建てるものを総じての呼び名です。
懸造は、投入堂を始めとする地蔵堂や文殊堂、三佛寺の懸造の様に、いかにもな場所、つまり、山の中腹や頂上に近い(神に近い)場所に建てる場合と、京都清水寺などの様に、山の麓付近を削り(又は自然に出来た地形を利用し)平地に極めて近い場所に懸造として建立する場合の大きく分けて2つのタイプに分かれると考えます。清水寺の場合建てられている場所が山肌とはなかなか感じにくいところではありますが、先日の訪れた平泉の懸造もこの平地のタイプであり、今回訪れたこの寂光不動は中腹・頂上付近タイプにあたります。

それにしても、寂光不動は、その感じといい非常に投入堂に似ています。
写真に撮ると、全体的な色の感じ、光加減が投入堂とうり二つです。

そうそう、すっかり話に夢中になってしまいましたが、まず、寂光不動のある場所ですが、千葉県君津市旅名(寂光不動自体の住所は不明!?)というところにあり、この寂光不動は林道の奥の奥の奥にひっそりとあります。本当に誰も行かない山奥のようなところにあり、かつ、駐車場から距離があるため、この寂光不動を目的に参拝に来る方は非常に少ないと思われます。観光客は殆どいない。来るとすれば、別の目的でたまに現れるハイカーぐらいだろう。

残念ながら寂光不動に関する情報は非常に少ない。パンフレットがあるわけでもないし、おそらく情報としては一枚の案内板だけだろう。
それを要約するとこうだ。

時代は後桃園天皇(ごももぞのてんのう1758-1779)の頃の話だ。

旅名村に疫病が蔓延し、村人達を苦しめていた。地元住職の枕元に不動明王が立ち、その不動明王からお堂を建てよと言うお告げを聞く。そこで住職は、村人と共に寂光不動を建立し、不動明王を祀った。
すると、疫病は消え、五穀豊穣、万事が上手くいくようになっていった。


非常に簡単に書くと、そういう謂われのあるお堂のようだ。
寂光不動9
この寂光不動はもともとは江戸中期の建築だったらしいが、何らかの理由により明治15年に建て直された(不明)ようだ。現在はそれを改修したものが建っている。
あたりまえだが、投入堂と比べるまでもなく建築自体は新しい。組み方もシンプルすぎて見ている方にもあまり力が入らなくて良い。(笑)実際建築物としての寂光不動は見るべき所があまりないかもしれないが、ロケーションを含めた全体的な雰囲気は非常によい。新しい建物にしては神秘感がある。

加えて、この寂光不動への道も実は投入堂と非常に似ているのだ。
寂光不動入り口
では、この寂光不動へのアクセス、ルートを説明しよう。
寂光不動はなかなかアクセスしづらい場所にある。車がないととても難しい。電車では久留里線が近いと思うのだが、最寄り駅からでもでもかなりの距離があるようだ。
千葉県君津市。国道410号線を南下すると寂光不動入り口と書かれた石塔案内と大きな看板がある。
これを見逃さないで欲しい。ここと距離を500m前後して旅名フルーツ村の入り口がある。ここが車で来る場合のポイントである。ここから更に500mぐらい奥に入る。
そこが旅名フルーツ村である。
寂光ルート
寂光不動への道は大きく2通りある。スタートは旅名フルーツ村だ。
寂光不動を含めたハイキングコースは、地元やハイカーの間ではちょっとした有名ルートのようだ。200mほどの低山を一周グルリと回るルートだ。時間はゆっくり2時間は覚悟しておいた方がいい。
2種類とは、写真左の道を行く時計回りルートと、この先の旅名フルーツ村から山に登っていく反時計回りルートだ。

但し、それぞれ問題がある。
まず、駐車場は一カ所しかない。旅名フルーツ村の駐車場だ。
この駐車場が問題なのだが、そこは厳密にはフルーツ村の駐車場で、寂光不動参拝のための駐車場ではない。有料であれば逆に良いのだが、無料であるが故に、フルーツ村の方に断りを入れるのが最低限のマナーだ。自分も「ここに止めても良いですか?」と一応断りをいれた。フルーツ村の方は非常によい方で、快くOKしてくれて道を教えてくれた。自分が行ったときは空いていたのだが、フルーツ村の混雑が激しいときは断られるかもしれないことを記しておく。ちなみに、一応低山とはいえ「山」に入るのでそれなりに準備はしたい。ハードな装備は必要ではないが、気楽すぎる恰好は論外だ。フルーツ村の方は、下山も気にしてくれていて帰ってきたときにも声を掛けてくれた。
ありがたいことです。

さて、では、時計回りと反時計回りのどちらが寂光不動に近いか?
答えは、時計回りだ。実は寂光不動までの登山道は、時計回りで行くと寂光不動の殆ど手前まで舗装されている。(林道)但し、アスファルトには草が生え、長い間使用していない形跡が伺える。管理するために車を通行させていたのだと思うが、悪い輩がこの林道を上がって粗大ゴミを捨ててしまうのだろう。林道入り口看板に、「車の通行を禁じる。」という札と、鎖と南京錠で管理されており、車・バイクでの通行は不可能である。駐車スペースもない。が、歩いては勿論いけるので問題ない。歩きやすさという点も含めて時計回りの方が早い。・・のだが、これは寂光不動だけを見て、同じ道を帰ってくる場合のみの話だ。時間的には1時間強で帰ってこれると思う。

ただ、これは面白くない。

投入堂に行ったことのある方なら分かっていると思うが、この寂光不動への道もまた、修験道なのである。(笑)

時計回りで寂光不動を見て帰ってきたとしよう。時間がない方はそれで仕方がないが、フルーツ村からの反時計回りルートには面白いモノがある。
うまのせ
なつかしいのではないか?
そう、「馬の背・牛の背」だ。
実は、こんなような場所が、結構あるのだ。
かずらざか
そして、これもまた。
「かずら坂」
までもある。ややハードだが、投入堂修験のような角度の急すぎるということはなく、適度にハードで、かつ面白い。また、この辺りは奇岩が多いことでも有名らしく、至る所でこうした岩が見られる。
笠岩
これは、道中寂光不動と共に目玉になりそうな「笠岩」。どこでどうなったかわからないが、何らかの理由でこの上に乗っているのだ。お菓子のキノコの山みたいにも見える。(笑)
笠岩2
また、こんな岩もある。
ワニいわ
ワニが水面から少し顔を出している「ワニ岩」
非常に面白い。
頂上
頂上からの眺望も非常によい。天気が良ければかなり遠くまで見通すことができる。初夏の風が心地よい。ここまで来たら頂上には是非立ちたい。

他に、投入堂修験道と来れば、文殊堂や地蔵堂のようなスリルをお求めですか?
ハイ、ございます。
断崖
ちなみに、鎖はありますが、断崖絶壁でえぐれており、落ちたら只じゃすみません。非常に危険です。
尚、笠岩の方も上に上がることが出来、こちらはもっと危険です。眺望は非常によいです。笠岩の方も反対側は断崖絶壁です。(こちらは鎖もありません!)

というわけで、こうした面白い場所は実はフルーツ村側からの反時計回りだと、前半の方にやってきます。この一連のスポットから寂光不動までは30分ぐらいかかり、結局、寂光不動のみを見てとんぼ返りの方は時計回りルートをお勧めしますが、こうしたスポットを回ると時間的には一周することになり、同じようにかかります。

道はそれなりに固められており、投入堂修験道をクリアした方なら道中難しいことはありません。道はそれなりに整備されており、草をかき分けて、ということはありません。ただ、これからの時期は暑くなるので、水分補給は必須です。谷もあるので、しっかりとした靴も必要です。勿論トイレなどはありませんのでご注意を。
殆ど観光地化していないので閑かで凄く良い場所です。(何もないけど。)道中、蛇を2回見ました。間違ってもサンダルなどで登らないように。また、クマはでないようですが、動物が結構出るみたいです。自分はリスを見ました。サルなども出るみたいです。

看板が殆どないので、迷いそうな詳しいルートなどを前半で撮影したのですが、(後半はほぼ一本道)例のファイル消失事件で消えた部分がここでした。紹介できなくてすいませんが、基本は一本道なので迷うことは無いと思います。

そうして、歩いていると・・。最後の最後に(反時計回りルート)現れてきます。
寂光不動13

寂光不動です。

この日寂光不動では最初から最後まで自分一人でした。

このちょっと新しいが奇妙な建物。確かに取り上げるほどの建築物ではないかもしれませんが、ビジュアル的に最高ではないでしょうか。例えば、全く知らずに山道でいきなりこの寂光不動に出逢ったら驚きでしょう。
この建築はそんなところにあります。

特にもったいつけてるわけではないのですが、今回は少しルート紹介だけでかなり長くなってしまったので、この建物自体の紹介は容量の問題もあり、次の機会に詳しくお話したいと思います。

こうしてみると、建物の新旧の差はあれど、投入堂に雰囲気はそっくりだ・・。




ⓚAll Rights Reserved.Photo by Kazz with GXR A12 28mm 50mm





静寂なる光に包まれる山奥に、オレは三佛寺投入堂を見た!?

05 24, 2011
寂光不動

投入堂プロトタイプ発見か!?

投入堂のカテゴリー充実度をはかるため、「懸造り」をカテゴリーのひとつとして独立させようとしていたところ、いきなり面白そうな情報が入ってきた。

「これは・・? 投入堂か・・?」


投入堂ブログ日本一を目指す Kazz zzaK (+あい。) が送る。

次回衝撃の新展開、いったいこの建築物は何だ!?



※急遽平泉の記事を差し替えます。(すいません。)
プロフィール

Author:Kazz
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Kazz zzak(+あい。)へようこそ。
Kazz zzaK(+愛・逢・遇・合・・・ etc)
あい。は、人それぞれ。

英語で i は自分ということ。

Kazz zzak(+i)

色々な「あい。」と自分をプラスして
Kazz zzak+i=「Kazz zzaKi」

「カズ雑記」

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関心のある事。
写真と共に何でも書いていきます。

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