年末恒例?Kazz zzaK (+あい。) 今年の名建築 ベスト3

12 29, 2011
さて、年末などでお酒を飲む機会が多く、やや二日酔いのKazzです。

今年は秋の長期旅行をはじめ色々なところに行くことができました。また、同時に色々な建築を見ることもできました。
そこで、昨年同様今年観た Kazz zzaK (+あい。) 的ベスト3をここでエントリーしたいと思います。
昨年同様未エントリーを含みますが、例えば昨年のベスト3はこんな感じ。

1 三佛寺奥院蔵王堂(投入堂)
2 西本願寺 飛雲閣
3 如庵


今年はエントリー総数・・・結構あります・・。
こうした建築は個人的に楽しんだのも勿論ですが、自信を持ってお勧めできる場所でもあります。何となく興味を持ちつつも「めんどくさいなぁ」と二の足を踏んでいないで、ちょっと出掛けてみてはいかがでしょうか。
感性を長いこと揺さぶられていない人に特にお勧めします。(笑)

今年の見た建築のベスト3とはいいつつも、昨年訪れた場所も多くあり重複してしまうので、今回は新規に訪れた場所のみとします。

では、早速行きましょうかっ!ドラムロールっ!

まず、第3位は、
年末ベスト3 臥龍山荘
ここです。愛媛県大洲市臥龍山荘
臥龍山荘自体は新しいのですが、何より各部屋のテーマに基づく意匠が素晴らしい。
基本的には桂離宮などの流れを汲んでいるのですが、ロケーションを含め素晴らしい建物です。個人的にはCGまで作った「霞月の間。」(かげつのま)シンプルながら非常に気に入りました。(霞月の間は撮影禁止です。)
霞月の間 小サイズ 完成
コウモリの引き手 小サイズ
また、先日も訪れて庭そっちのけで見入ってしまった曼殊院門跡の引き手などに代表されるような千家十職・金物師中川浄益による小さな芸術品。こうした装飾された建築のための小さな金物が今個人的なブームで、それの先駆けともなった霞月の間の「蝙蝠(コウモリ)の引き手。」コレにもやられました。こちらも素晴らしいです。
臥龍山荘の建物自体も肱川からの清風を取り込む色々な工夫もされていて夏に訪れてどのくらい快適かを感じるのも一興でしょうか。
また、ここは観光客の為に「気持ちよく鑑賞していただきたい。」というボランティア(?)の方々の姿勢が素晴らしい。いくら良いものを鑑賞している気持ちでいても関係者の横柄な態度には時に辟易する場合がある。確かに場合によっては過度の説明など不要で、ゆっくり鑑賞したいときもあるが、その時はその時だ。
臥龍山荘が観光財産としての側面もある中、こうした取り組みは大いに共感できる。
臥龍山荘のエントリーはこちら。

そして、第2位は・・。
龍岩寺 ベスト2
龍岩寺 小サイズ CG
大分県宇佐市にある重要文化財懸造「龍岩寺奥院礼堂」です。
今回自分を約日本半周の旅に駆り出し、九州まで呼び寄せた名建築です。
大分県国東半島には独自の信仰文化があり建築においても非常に興味深いものが多く、今回は時間が無くて代表的なものしか見ることが出来ませんでしたが、また訪れたい場所でもあります。
当ブログでは、「投入堂」をはじめとする懸造に興味を持ちその都度掘り下げていますが、投入堂の他にここまで見入った懸造も珍しいものとなってます。いずれカテゴリーを独立させたいのですが、勉強を兼ねて今年も多くの懸造を訪れたいと思っています。
龍岩寺エントリーはこちら。

そして、今年の第1位は・・・。
桂離宮 住吉の松
京都・桂離宮です。
桂離宮は当ブログでは情報だけのエントリーとしては何回もありますが、詳細については未エントリーです。
なぜかというと、建物自体が面白すぎて。(笑)いずれはエントリーしますが、内容はCGなど満載のエントリーになり、他のブログでは見られないようなアプローチの仕方をしたいと思っているのですが、なかなか手強いです。
あと、今回の桂離宮は広角レンズが壊れたため圧倒的に写真の数が少ないです。
より一層充実したエントリーを目指すためにももう一度訪れる必要がありそうです。

この写真は、桂離宮の入り口にある有名な「住吉の松。」
両側を視覚的に塞ぎ、これから訪れる庭園を先読みしないように配慮されています。非常に凝った演出です。
桂離宮はそうした演出が随所に見られ庭園の美しさだけではなく、この住吉の松に代表されるようなエンターティメント性を兼ね備えた素晴らしい建築です。
この「桂離宮」に限っては、未エントリーということもあり、この「住吉の松」に習って、先読みされない様、多くを語らずといきましょう。

さて、今回ベスト3には入りませんでしたが、次点としてひとつの建築を挙げてみたいと思います。
備中松山城 石垣
ここなのですが・・おわかりですか・・?
霧が濃く、幻想的な雰囲気を漂わせていますが・・・
岡山県高梁市「備中松山城」です。
もう御存知とは思いますが、日本の現存天守とされる城の殆どは西日本にあります。
その数は12とされますが、このうち4つの貴重な現存天守は四国にあります。
今回の旅は殆ど四国メインとも言って良いぐらいで、勿論この4つの現存天守も巡っています。
丸亀城・高知城・宇和島城・伊予松山城がそれらなのですが、それらにプラスして、今回はこの備中松山城を合わせ現存天守12のうち5城を回ることができました。
いずれ劣らぬ素晴らしい城でしたが、この備中松山城は天候が良い意味で悪かったので(霧が雰囲気満点です。)特に印象に残っています。
ところで、この現存天守を巡る旅はカテゴリーが独立しているのにも拘わらず現在は4城ほどのエントリー。
「何さぼってやがんだっ」というなかれ、実はブログでエントリーしていないだけで、巡る旅としてはかなり進んでおり、残すところ・・実はあと2城となっているのです。ハハハ・・(笑)
こちらも順次エントリーはしていきたいのですが、この「城」に関してはもの凄く詳しいサイトが沢山あるので、ちょっと迷っているうちにこんなに進んでしまったというわけです・。

何とか考えよう・・。(笑)

というわけで、おそらく今年最後となるエントリー、いかがでしたでしょうか。
今年は昨年同様年末年始のカレンダーが悪く、結構家でゆっくりとする人が多いそうです。
2011年。大変な年になり、色々考えることが多くある年となりました。
来年は全ての人が幸せになれるような年になると良いです。

今年一年 Kazz zzaK (+あい。) にお付き合い下さいましてありがとうございました。
来年もお時間がありましたら遊びに来てください。

それでは、良いお年を。

ⓚAll Rights Reserved. Photo by Kazz with GXR A12 50mm
ⓚAll Rights Reserved. CG Kazz zzaK (+あい。)



RICOH GXR A12の仇はSIGMA SD15で撮る。京都、今年のリベンジ。

12 27, 2011
龍安寺 2011 春
RICOH GXR A12 28mm(JPEG撮出)

さて・・、外は寒さで凍える陽気なのに桜の写真で申し訳ないのですが・・・。

まぁ、「来年のことを言うと鬼が笑う。」なんてよく言うんですけど、今年も終わりなのでいいでしょう。(笑)
皆さんの今年はどうでしたか?
今年も色々なところに行きましたが、今写真を整理していたら、今年の3月にGXR A12 28mmを購入して、直ぐシェイクダウンの為に京都の桜を撮りに行ったんですよね。
今年の長距離旅行はこれが最初でした。
まぁ、結果は散々で、この時の写真はワザワザ京都まで足を運んだにも拘わらず、全然納得がいかず、殆どアップせずじまい。同時にGXR A12 28mmのパフォーマンスに疑問を持ち、全然愛着が沸かず、挙げ句の果てに約日本半周の旅では2日目にあっけなく壊れ(絞り不動)つい最近戻ってきたところです。

相性が悪いようで、正直それから殆ど使ってません。

思い起こせば、DP1を飛び出し、GXR A12に行ったのに、結局それを経由して最近SD15に戻ってきてしまいました。
確かに一長一短はあるんでしょうけど、SD15の出来上がりの画の質が自分には合っているようです。
SD15詩仙堂
SIGMA SD15 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM

とは言え、GXR A12にしても、JPEGで「撮って出し(撮出)」だとやはり色の再現力が劣るということも勉強し、RAWで追い込むことによってそれなりの画質を得ることが出来るようになりました。
だけど、SD15が来てから本当に出番が減ったなぁ・・GXR・・。

春に京都でのリベンジ。来年の桜はSD15に頑張って貰おう。

いずれにせよ、GXRには高感度が必要な場面で登場していただくことになりますので、その時はへそ曲げないで宜しくお願いしますね。

あっ、そうそう、来年早々の1月10日にSIGMAから何らかの発表があるような情報が流れてます。何だろう・・。

ⓚAll Rights Reserved. Photo by Kazz with GXR A12 28mm & SIGMA SD15 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM

国宝と重要文化財を観に行こう。

12 25, 2011
銀閣寺 東求堂
さて・・・クリスマス。
昨日買ったケーキがあまりに甘くて少し胸焼けしているKazzです。

さて、年末ということで、いろいろ写真などの整理をしていたのですが、特に意識無く何気なく行ったところが国宝や重要文化財であることがあります。
新しいから悪い、とか、古いから良い、というわけではないのですが、やはり国宝クラスになると観ているだけでオーラを感じる「さすがな建築」というわけなのです。

現在日本の建築物の国宝と重要文化財の数ってどのくらいあるのでしょうか?
2011年12月現在、近世以前の「神社」「寺院」「城郭」ということに限定すると、

国宝は、198(神社38 寺院152 城郭8) 
重要文化財は、1298(神社546 寺院707 城郭45)

あります。(近世以前の住宅や諸々を合わせると、国宝216・重要文化財2223)

これが多いか少ないかは別として、自分的には「意外とあるんだなぁ。」という印象です。
さらに、このうち自分はどのぐらい観たんだろう・・ということを数えてみると・・。

・・すいません、まだ数えてません。(笑)

昨年から当ブログでも「投入堂」なんかに限定して掘り下げていますが、2012年は国宝や重要文化財なんかをちょこちょこ掘り下げていきたいですね。
また、投入堂に限らず昨年は「臥龍山荘」「桂離宮」「龍岩寺」など素晴らしい建築に出合うことが出来、ちょっとではありますが当ブログでも取り上げて行きました。
とかく「国宝」「重要文化財」なんて聞くと、歴史的背景や建築構造なども含め、あまりに固ッ苦しいものばかりなので、そこんところ上手く掘り下げられれば・・って考えてます。
銀閣寺 東求堂 2
上の写真は2枚とも【国宝】銀閣寺(慈照寺)東求堂です。
東求堂といえば、ここから「四畳半」という日本の代表的な居住空間が生まれたかと思うと、意味もなく感慨深くなってしまうのは自分だけでしょうか。

・・と、まぁ、クリスマスの朝に今後のブログのあり方を考えてる。(笑)

やったるかっ、国宝・重要文化財建築完全制覇・・。

けど、勘違いしたくないのは、国宝や重要文化財でなくても素晴らしい建築は沢山ありますからね。
日々勉強していこう。


ⓚAll Rights Reserved. Photo by Kazz with GXR A12 50mm


日本一危険な国宝27

12 21, 2011
三徳山 三佛寺 投入堂(完全解剖 製作編)16
Mitokusan Sanbutsuji Nageiredou (kanzenkaibou-seisakuhen) 16
Kazz日本全国「古(いにしえ)」の旅
投入堂 2011 扉
2011年投入堂修行
さて、長らくお待たせいたしました。その分長いです。(笑)
いつもの完全解剖編ではCG画像が扉を飾るのですが、今回は2011年10月の参拝リポートが入りますので、その際に撮影したこんな写真が扉を飾ります。
途中色々なエントリーが入りましたが、「約・日本半周の旅」の最後を飾る扉は投入堂のレア画像から。
話が始まってもないのにいきなり横道にそれますが、これ、個人的には西側一杯の殆ど「これ以上ないっ」て言うぐらい相当上まで登って撮影しているのですが、レンズが50mm相当のものなので、何となく中途半端に終わってしまってるんですよね。ここまで登っても水平まで行けません。まだ少し登れるので、次回に出来たらチャレンジします。 
今回の主な参拝の目的は、二回目という事もあり、完全解剖編CG作成の為、図面からではわからない部分の投入堂の資料集めと木肌(テクスチャの確認)の確認、以前考察した「三徳山クレーン化計画」の再考。つまりは、建築方法再考。そして、これに準ずるのですが、周辺環境から見た投入堂、肉眼で見える範囲での足場などの確認。
実に様々な使命をおびています。(誰にも頼まれてないですが・・。笑)
2011 投入堂 階段
・・・と意気込んで挑むつもりだったのですが・・投入堂を目の辺りにすると、何となくポォ~っと見とれてしまい、思うように出来たかどうかわかりません。一応最低限のことはしたのですが、足場確認の為に持参した双眼鏡も見上げる形では思うように威力を発揮できませんでした。

詳しい参拝の様子は、既に一回目で「これでもかっ」というぐらいに(全8回)やったので、今回は各所に改めて気がついたことを含めリポートしていきます。
投入堂 本堂
前回の参拝は2010年11月。その時には本堂が修理に入っていたのでよく見ることが出来なかったのですが、このような感じになっているのですね。屋根が真新しいです。
参道から宿入橋にかかるまでも整備され美しくなりました。
緊張の面持ちで「六根清浄」の輪袈裟をお借りし、いよいよ2011年投入堂参拝が始まります。
2011 投入堂 野際稲荷
投入堂2011 かずら坂
投入堂を訪れた大概の人が驚くのが、聞いていたよりもかなり早い段階で、いきなりこの「かずら坂」が登場することだ。
個人的にも、もっとも初期に現れる最初のかずら坂(トラロープ付き。)、このあとの文殊堂くさり坂、及び手前の坂が投入堂参拝のための最大の難所だと考えてる。よって、出会い頭的に心の準備が整わないまま最初に登場するこのかずら坂に呆然とする方も多く、「これは駄目だ。」と諦めリタイアする方がいることから、やはりこの最初の「かずら坂」が投入堂参拝の最も難所であると考えても良いかも知れない。(下りはさらに恐い。)
とくかく全身を使ってゆっくり登ること。アドバイス的にはそれしかない。(笑)
2011 投入堂 かずら坂2
最近になって、このかずら坂の傷み具合を調査する視察が入った。
かなり傷みが激しい様だ。
確かに傷むだろうなぁ・・。
投入堂参拝にこの木の根、つまり「かずら」は必要不可欠なもので、仮にこの「かずら」が全く無くなると、参拝として投入堂に辿り着くことの出来る人は登山のテクニックを併せ持つ、ごく限られた人になるだろう。
また、こういった参拝の補助的な役割を果たすものは、下りにあってこそその真価を発揮する場合がある。
聞けば投入堂参拝の事故は、その殆どが下り時に発生していると言うことだ。
確かにかずらを使わずに登るのは一般的には殆ど無理だし、かといって、手摺や鎖も道中にはそぐわない。
投入堂参拝はあくまで「修行。」手摺などを全面に付けることは出来ない。遠くない未来に、参拝のための人数を制限するとか、予約制になるとか、一定期間参拝禁止になるとか、自分を含めどんどん増えてくる観光客に対する良策が待たれる。
投入堂 2011 文殊堂
難所「くさり坂」とその手前の「手前坂」をクリアすると文殊堂に辿り着く。
しっかし、よく見るとこの文殊堂も地蔵堂と合わせ持てば修験道の目玉になることが容易に出来る凄い建物だ。
ところで、全国に懸造はかずかずあれど、まず、これだけ高所にあり、高欄がなく、かつ本堂に上がることができるのは、後にも先にもこの「文殊堂」と「地蔵堂」ぐらいなものではないだろうか?
この爽快感・浮遊感たるや、他に類を見ない。
例えば、登山などを趣味にしている方がこういうところに登ってもそれほど感動がないかもしれないが、日常的にそうした習慣が無いごく一般的な人間が、これほどの高所にいきなり自分の身を置いたらやはり異質な感じがするだろう。
「空でも飛んでるんじゃないか」って。
投入堂 2011 文殊堂 景色
遙か先、日本海まで見渡せる。危険と表裏一体だが、こうすることにより身体が浄化するような気がするから不思議だ。
最近流行の「パワースポット。」
得体の知れないみなぎる力。そうした力が与えられるか否かについては論点を置いておくとして、自分の場合パワースポットとは、こうした状況下に我が身を置くことにより、肩の力が極度に抜け、余分なことを考えず無の境地になることにより本来持ちうる潜在能力を引き出すための安定した精神状態をつくり出す場所。と考えている。
何かを得るための場所ではなく、自らが自らを新しくつくり出す場所であると考えてる。
まぁ、結論的には同じなのかも知れないが。(笑)
投入堂 2011 文殊堂 船肘木
もともと文殊堂は室町時代に建てられた建物である。
投入堂が平安時代と言うことを考えると些か新しいが、こうした船肘木の面の取り方をみていると、結構古さを感じる。昨年は色々なことに気を取られすぎていて細部まで見ることは無かった。今年は比較的ゆっくりと見ることが出来たが、別の問題が・・・。(笑)
投入堂 2011 文殊堂 外観
文殊堂の中を見せてはもらえないだろうかなぁ。
庇部に立ち、直接外気に触れるのと、一枚の隔たりを通してみた空間では、その感じ方がまた違うだろう。
高さに対する感性は鈍るが、精神は内陣と対面することでとぎすまされるかも知れない。
そうした体験がしてみたい。

ん~、それでですね。ひとつ注意なんですが、この時期良く出現(で)るんですよね・・。
そう、「(オオ?)スズメバチ」です。
もう、撮影しているそばからところどころで強烈な羽音がするんです。かなり居るようです。いきなり戦闘態勢ですから。(笑)ゆっくり瞑想にふけりたいと思いつつも命は惜しい。惜しいのですが、ちょっと一回りしただけで退散です。よく見ると、蜂の巣が垂木に下がってます。ただ、これは既に空の様子ですが、入母屋などの中に良く蜂の巣があるのを見かけます。もしかしたらそこにいるのかなぁ。
この時期参拝する人は注意してくださいね。
2011 投入堂 地蔵堂 下から
投入堂 2011 地蔵堂2
地蔵堂を見るとフラッシュバックしたような錯覚に陥る。
建物自体は非常に似ている。因みに文殊堂・地蔵堂共に国の重要文化財だ。
この地蔵堂も文殊堂同様縁を回ることが出来るのだが、今でこそ何も付いていないが、何十年か前は墜落防止の柵が設けられていたことを御存知か。(文殊堂は不明。)
この地蔵堂は、古い写真などを見ると、軒先から柱が降りており、そこに水平の高欄(のような柵)が通され、かなり大がかりな墜落防止の策が取られている。何時の頃かこの柵は全面的に取り払われているが、意外と知らない事実である。
2011 投入堂 地蔵堂の古い写真
投入堂 2011 鐘楼
地蔵堂から直ぐ行くとこの鐘楼堂がある。
投入堂がどうやって建立されたかというのが謎であればこちらも謎である。
単純に「重さ」ということを考えれば、投入堂のどの部材よりもこちらの方が重く、運び上げるのは困難である。
重量は3トンとも言われ、常識で考えればとてもじゃないが持ち上がる物ではない。
では、どうやって運んだのか?
もしかしたらこの鐘楼堂付近で製作された物じゃないかと考えられたこともあるようだ。
ただ、これだけの物を造るとなるとそれなりの施設が必要だし、麓で造り人海戦術で担ぎ上げたとしても、これだけのものを造れる場所というのはそれなりに限られた筈である。もしかして詳しく調べれば出所がわかるのではないか。この鐘楼自体をどのようにこの場所まで運んだのか。歴史的に新しく、もし仮にその運搬技術が書物などに記載され、詳しいルートなどがわかれば、それが投入堂建立の謎を別角度からアプローチできる鍵となるかも知れない。
最近のニュースで、京都・平等院鳳凰堂の鳳凰は何処か専門の場所で製作され鳳凰堂に納められた訳ではなく、
「堂敷地内にある工房で造られた物である可能性が高い」というニュースが話題を呼んだ。
1000年近く時間が経過してようやくわかる事実。
梵鐘ひとつ取っても謎は深まるばかり。
けれど、いつかその謎が判明することがある。
勿論偶発的にそれらがわかることも希にある。
但し、探求心を忘れた者には、例え偶然でも答えはやって来ない。

ところでこの梵鐘は、辺りが極めて静かな山の中のせいなのか、もの凄くいい音がする。
実は、去年この梵鐘の鳴った音に自分でビックリしてしまい思わずその場でコケ、今年は去年の教訓から少しセーブしようとして、突いた際に手を離すのが遅れ、カラダごと持って行かれてしまい鐘楼堂の横木に思いっ切り胸を強打してしまい一瞬呼吸困難になった。別に悪いコトしてないのに・・来年は打つのを絶対に止めよう(笑)
投入堂 2011 馬の背
牛の背・馬の背。
最初文章のみでこの馬の背と牛の背を聞いたとき、修験道で最も注意すべきはこの2つだと思っていた。
綱渡り状態で、両側が崖。ツルッと滑ったら一巻の終わり。そんなことを考えていた。
実際の馬の背・牛の背はちょっと違う。確かに滑りやすく転んだらケガをするし多少滑落を覚悟しなくてはならない。だけど、用心深く渡れば大丈夫だ。脇が切り立った崖というわけではない。
去年は写真を殆ど撮らずしてここを通り過ぎたが、今年は意識して撮影した。
2011 投入堂 納経堂
以前のレポートで納経堂をあなどってはいけない。という風に書いた。
そう、この納経堂は、投入堂同様「日本最古級神社建築。」
もし、検索か何かでここにこられてこの記事をたまたま目にしている人がいたとして、そのひとがたまたま三徳山へ足を運び、投入堂を目指そうとしていたら。
納経堂をあなどってはいけない。(2回目)
この納経堂はその建築様式から(柱の面取りなど)最初鎌倉時代の建築とされてきた。ところが、例の年輪年代法により平安時代後期の建築と確認された「小さな大建築」である。よく見ると破風の形状や、船肘木の形状など投入堂と似ているところがあり、小さいながら手抜きはない。また、前面の感じは何となく愛染堂を彷彿させる。
考えればこれだけのものが何の保護もされていないのも問題のような気がする。
まっ、投入堂に急ぐあまりたいていの人は「スッ」と通り過ぎてしまうようだが・・・。
前回と同じで心苦しいのだが、これだけ古く小さな建築物をこれだけ近くで見られることができるのは本当に貴重な体験である。特に屋根の感じを見てください。
2011年、昨年この納経堂を見たとき、これだけフリーな状態で心配であったが見た感じ何事もなく大丈夫なようだ。マナーを守ってくれていると信じているが、一度壊されたり落書きなどされたら貴重な建築が台無しである。
ホッと胸をなで下ろした。
Kazz的一押し、納経堂を見逃すな。
2011 投入堂  観音堂
観音堂の古い写真を見たことがある。
それを見たとき「オヤッ?」と同時に思った。
一度でも投入堂を訪れたことがある人ならすでに承知の事実だが、この観音堂は後ろを回り込むようになっている。俗に言う「胎内潜り」だ。
非常に暗い中を歩くことになり、岩窟内の詳細は殆どわからない。
普通ならそのまま歩いて投入堂を目指すのだが、2度目にして気がついたのだが、これは本当に胎内潜りなのか?と疑問を持つようになった。
確かに狭い中を歩くのだが、何となく違和感を持つ。まぁ、あまり深くは気にしないが、冒頭の話に戻ると、古い写真を見たときに何となくそう抱いた原因がわかったような気がした。
手元にその写真がないので紹介は出来ないのだが、そこには観音堂前面(北側)の木が全く無いのである。
文化財に対しそれほど規制がかかっていない時代のものなので、単純に切られたのだと思うが、それをみると、どう見ても通路がそこに出来ており、前面から素通りできる状態にある。それを見て、この「胎内潜り」は後付で、わざわざ薄暗い後ろを通るものでもないんじゃないかと思い感じたのだ。考え過ぎか。前面がやや崖になっているので通路を作ってしまったんじゃないのかなぁ。狭いのは西側の一部だけだし。
また、北側の縁部に土足で上がって向こう側に通ってしまう人がいるらしい。
さてさてこれにはどうしたものか・・・。
現在は柵が施され通行禁止の意識が高くあるのでそういう人は居ないと思うが、前面の木が無く、素通しになっているのはせいぜいここ何十年かのことである。
回りくどいですか・・・。(笑)ここで何が言いたいのかというと・・。
こうした状況から、今日でこそ修験道が厳重な管理下の元整備され現在のルートを保っているが、投入堂が建立されたおよそ900年前、辺りの様子は全くと言っていいほど変わっている可能性が考えられる。ある部分的なルートが廃道になったり、逆に出来たり。
基本的にこの道はハイキングコースなどと大きく違い、あくまで「修験道」であり、危険なのが当たり前なのです。そう考えれば、大きな変化はないように思えますが、参拝者は限られたごく少数の人間のみではなかったはず。そこはやはり人が通る場所。見えていないだけで、知らず知らずのうちに新たなルートが構築されていたかも知れない。
今では使われなくなった誰も知らない謎のルートがもしかしたら直ぐ傍の草に覆われて存在しているのかもしれない。
2011 投入堂 元結掛堂
元結掛堂。
造りは一見納経堂のようだがちょっと違う。建築時代は江戸だ。木材の色素のせいかかなり古く見える。
元結とは髪を結ぶ紐の事でこれを納める場所のようである。
納経堂もそうなのだが、この元結掛堂も小さいながら屋根の葺き方など中々立派である。
素通りしないでじっくりこちらも見て貰いたい。
あと、ここ元結掛堂で入山の際にもらった御札を納める人が大勢いるのですが、アレは個々に納めるものではなく、家の玄関に祀るものであると聞きましたが・・。(魔除)去年は何か大勢納めてあったのですが、今年は一枚もありませんでした。
投入堂2011 拡大
そして、世界に誇る日本の建築スーパースター、キング・オブ・懸造

「蔵王殿」「蔵王堂」通称「投入堂」です。

約一年ぶりの再会ですが、2011年も何ら変わりなく、輝き続けていました。

当然といえば当然ですが、ものを見る上で2回目というのは1度目に比べインパクトが薄い。
確かに初見の投入堂のインパクトは凄いものがありました。圧倒する力というか、無機質な建物でこれだけオーラを感じるのと言うのは中々無いのではないかと思います。この投入堂に蔵王権現を祀り、修験の道を通り参拝するという修行を達成したならば、それだけである種何でも出来てしまうようなそんな錯覚に陥ったのも頷けるところと言えます。2回目とはいえ、そのオーラは健在です。
それにしても、この投入堂を創造した人は一体どんな人であったのだろうか。
役小角が法力で投げいれたという伝説は、あくまで俗説として信憑性の薄いものではあるが、何となくこのオーラを浴びているとそんなものはどこへやら。まさにその通りであったのではないかと思えるから凄い。
考えれば、現在の投入堂は蔵王権現無きままあの岩窟に建っていることになる。中には何もない。
元来の目的からすれば、投入堂は蔵王権現を祀るために先人達が建立したものだ。それを現代の何らかの理由で麓の宝物館に移動したのだ。
あるべきところにあるものがない。
貴重な文化財の保護を理由とすると仕方ないのかも知れないが、ガラスケースに入れられてしまった蔵王権現像。
考え方の相違かも知れないけれど、何となく違和感がある。
よって、多くは蔵王権現の姿を投入堂そのものに重ね合わせる。
具体的な像があるわけでもなく、その姿はひとりひとり違うだろう。
もしかしたら、その方が良いのかも知れない。
投入堂が放つオーラの源を突き詰めると、そんな意味に辿り着く。
2011 投入堂 サイド
まだ若かりし十代の頃、海外に強い憧れを抱き、ヨーロッパやアメリカを放浪していたとき、見知らぬ広大な国に圧倒され、日本にはないそのスケール感にそれこそ感受性の強い時期なので何を見ても感動する時期がありました。
ところが、しばらくそんな旅を続けて何年か経つと、不思議なもので今度は逆に何を見ても感動しない時期がありました。
逆に日本の些細なことに感動したりして、よくわからないまま今日まで来ました。(笑)
置かれていた環境を遠くから見たとき、見えなかったものが見えてきた。なんだかんだ行って日本が好きだったと言うことでしょうか・・。いまだよくわかりません。
投入堂 垂直下JPG

水平状態の次は、垂直下・・ということで、かなり頑張って同じ西側からでもレアな角度を探しました。柵一杯でなおかつ手を一杯に伸ばしてます。
とくに投入堂が好きでないとワザワザこんなコトしません。絶対に真似しないように。(笑)
更に問題が・・・これ以上上がるとカメラに水がかかります。投入堂西側の庇には丁度山から滴る落水があり、柵の辺りを濡らしています。とりあえずこれ以上は無理かな。けれど、あまり見られない床下の様子を限りなく高精細に撮影できCG作成に役に立ちそうな資料を得ることができた。ちなみに非常に滑りやすいので止めた方が無難です。(自分もこの後コケて手をすりむきました。)
2011 投入堂 西側位置
昨年から一年経たない「修行」ということで、記憶が新しく新鮮味こそ昨年に譲りますが、目的は観光ではありませんので、肉体的にも精神的にも良い修行ができたと思っております。
2011年投入堂修行の参拝はこんな感じです。
投入堂への修験道も多くは変わりなく、参拝者を迎えております。
来年度の修行は未定ですが、そう遠くない時期にまた修行に訪れるつもりです。
投入堂CG 2011.12-1
2012年の「投入堂完全解剖製作編」はこうなる。
一方「投入堂 完全解剖編」の方ですけど、よく見ると第1回目は2010年の12月21日。ちょうど一年前に製作を開始したんですね・・。
まぁ、「この程度のもの一年も掛けて何やってんの?」と言われそうなんですが(笑)一応、早く造ったり、いかに上手く造ることを目的としている訳ではないので・・・許してください。

西側からしか見られないことや、色々な謎を含む投入堂なので、製作自体は「これでもかっ!」というぐらい正確に製作を行うこと。それでも基本は修理報告書などの図面から起こすので限られていますが、当然ながら正確ということではそのロケーション、つまり岩窟自体も含まれます。ただ、これは図面がないだけに素人の自分にはとても難しい問題であると考えています。対正面方向からの写真実測とか、空撮とか・・・空撮!?
2011 投入堂 柱 サンプル
投入堂はどんな色だったか?彩色・装飾の秘密
後個人的に楽しみなのは彩色です。
投入堂は現在「素木色」ですが、岡倉天心などの話にあるように、幕板などは「白」柱は「朱」で垂木の先には飾り金具が付けられており、現在の投入堂からはおおよそ想像できないぐらい豪華な礼堂だったというのは有名な話。
ただ、この投入堂の色に関しても謎が無いわけではなく、具体的にどのような赤であったのか、これは今となっては全くわからない。また、一体どのタイミングで色を塗ったのか、実はわかっていません。こうしたことからもわかるように、投入堂彩色・装飾に関する情報は極めて少ないので苦労しそうだ。
写真はこれも現在試行錯誤中の実際の投入堂から実写撮影して取った柱のテクスチャです。
全部材のテクスチャを撮影することは不可能で、やり方に関してはこれがベストかどうかわかりませんが、完全解剖編では投入堂の現在の「素木モデル」に加え投入堂建立当時の「彩色モデル」も作成していきます。
彩色に関しては投入堂は謎だらけです。投入堂とほぼ同時期の平安後期の建物など、例えば、平等院鳳凰堂に見られるような極彩色の浄土を表現した豪華な彩色の様に(まぁ、阿弥陀堂ですので多少の相違はあれど)色々と勉強しながら投入堂の彩色・装飾についても考えてみたいと思います。
2011投入堂 足場イメージ3
投入堂建立方法の謎。その具体的な建立システムとは。
気になるのが、投入堂の建立方法に伴う初期の足場などのイメージ。(現在考察・CG制作中の投入堂建立の具体的なイメージ。この段階では全く適当です。(笑) 但しスケールは投入堂と同寸。人間は160センチ)
どんな建築物でも全くの足場無しに建てることは出来ないだろう。ある程度建ってしまえば建物自体を足場とすることも出来るのであろうが、あの斜面にどういった順序で、どのような方法で組んでいったのか、考えてみたい。
以前「三徳山クレーン化計画」という豪快な仮説をたてたが、今回の参拝では、やっぱり
「何となくイケるんじゃないか。」
と思わず崖上を見ながら再考した。
まぁ、これは一端置いておくとしても、どうやって建てたかを考えることは非常に面白い。
また、各部材についても、投入堂の身舎柱など、事前の岩窟内の情報を元に、ある程度切り落としてから運び上げ組まれたのか、全く場当たり的にその場で切り落としたのか、それさえもわかっていない。
建立方法の鍵を握ると言われる足場の穴は、平成の修理の際は正式には確認されていないし、(記録としては測られていない。)殆どと言っていいほど具体的な検証がされていないんじゃないだろうか。
今回、この穴が果たして確認できるのかと思って見てみたが・・・。結果としては、水平近くまで上がることによって肉眼でもそれらしきものは確認できた。写真もあるので今後こうした具体的な足場をCGで作成していきながら検証してみたい。
2011 投入堂 垂木
「投入堂完全解剖製作編」投入堂いよいよ完成か?
肝心のCG本線ですが、今回参拝したことによりCGを製作する上でも良い資料を得られた感じがする。見ることができるのが西側からに限られるので死角が多すぎ不明な点がやや多いのは相変わらずだが、各部のブラッシュアップは別として、ようやくモデリングの半分はクリアした感じだ。
ただ、ここからが長い・・。
また、今年は実に多くの古建築を見に行くことができ、投入堂に限らず、以前は絶対に見なかった細部を観察することにより、各部がどのような部材で構成されているかを自分なりに研究してきた。
・・・とはいっても素人なんですが、これにより良い意味で応用が利くようになった。
2012年はいよいよ身舎の屋根を造ることとするが、御存知の通り、投入堂の屋根の取り回しは実に複雑で、一筋縄ではいかない。時間は掛かるかも知れないが、こうしたことも一部一部ブログで取り上げ、投入堂に限らず、柿葺や檜皮葺などに代表される屋根はどのように葺かれるのか、またその骨組みもこの投入堂をモデルに詳細に詰めていきたい。
2011 投入堂 三徳山 イメージ地形2
(仮)三徳山イメージ地形

三徳山の謎を探れ。投入堂参拝ルート、別ルートの存在はあるか?
そして、最後になるが、自分が今最も注目しているのが投入堂が置かれている場所、つまり周辺地形。この投入堂を囲うロケーションを深く掘り下げたい。
というのも、具体的なものは何一つ見つかってはいないのだが、仮に投入堂参拝を「登山」という前提で考えると、面白いことがわかる。こうしたものに通り一辺倒、すなわちひとつしか道がないというのはなかなか考えづらい。
2011 投入堂 三徳山地形図
具体的には、投入堂に到達するルートとして近・現在の西側からのルートとは別に、古代からの隠れた「東側」のルートがあるんじゃないかと思いはじめた。
空撮映像などを見ると、投入堂が建立されている三徳山の峰は地形的に折り重なるように連なり、投入堂の峰のすぐ東側にも更に大きい峰があるようで傍には地形的な谷が存在する。この谷側から上がるルートがあるのではないかと考えている。(青いラインです。)
「その根拠は?」
ハイ。まだ発表できる段階ではございませんが、今後ブログのエントリーにおいて今回の参拝で少し気がついたことを戯言程度にお話しさせていただきます。(笑)

という風に・・・。色々ブチあげてはいますが、正直どこまで出来るかわからないです。

こうしたものは、追われると苦しくなるので、あくまでスタンスを長く寄り道しながらやっていきますので、期限を決めることなく気長に行きたいと思っております。
2011 投入堂 モノクロ
というわけで、2011年投入堂参拝リポート、「投入堂・完全解剖編」の今後についてエントリーしました。
長らく続いた「約日本半周の旅」読んでいただきありがとうございました。
実はまだエントリー漏れがあるのですが、今後折を見てアップしていきたいと思います。

加えて、 Kazz zzaK (+あい。) の日本一危険な国宝「投入堂完全解剖製作編」も2年目に突入します。
いつもご訪問いただきありがとうございます。来年も引き続き宜しくお願いいたします。


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ⓚCG Kazz zzaK (+あい。)


あられじゃないよ。京都室町六角庵「黒糖ラスク」

12 18, 2011
京都室町 六角庵 黒糖ラスク Kyoto muromachi rotsukakuan Kokuto Rasuku
Kazz 日本全国お菓子の旅
ラスク1
人の先入観とはある意味恐ろしいところがある。
別に命に関わらないこれからエントリーするつまらない勘違いならよいが、時と場合により先入観から来る勘違いはとんでもない事件を起こすこともある。

さて、あまりにつまらない話なので心苦しいが、先日このようなものを京都のお土産で頂いた。
六角庵 ラスク2
まっ、一見すると高級な小さめの「げんこつ系のあられおせんべい」のようです。
「美味しそうなおせんべいだな。」
これはいいお土産をいただいたと、お腹が空いたときにでも食べようかと思っていたのだが・・・。

京都ということと、ビニールから見える形状と、パッケージングで
「これは誰が何と言おうとせんべいだっ。」
と思い込んでいたのです。
ちょっと論点は違うかも知れませんが、昔テレビでこんな実験をしていたのを思い出しました。

成人男女に先生が黒板にチョークで小さな点を打ちました。そして、集まった大勢の成人男女に聞いたそうです。

「これは、何でしょうか?」

集まった成人男女は口々に言いました。

「チョークで書いた点です。」

・・ハイ。間違ってません。確かにチョークで書いた点です。正解です。

同じように、今度は大勢の幼稚園児達が集まった場所で実験を行いました。
チョークで同じように点を打ち、園児達に質問します。

「ハイ、これは何でしょうか?」

すると、園児達はこんな答えをしたのです。

「アリンコ!」「ゴマ!」「ムシ!」「テントウムシ!」「石!」・・・

実に様々な答えが返ってきました。
確かに、答えとしては間違っているかもしれませんが、柔軟な発想。先入観に惑わされない頭の柔らかさというか何というか・・。
このテレビを見ていて感心する一方、つまらない発想しかできない、何か色々なものに対しての正解しかみない自分が嫌になった記憶があります。

あっ、美味しいものの紹介の前にすいません。まっ、そんな話を思い出したのです。(笑)

六角庵 ラスク2
で、このせんべい・・じゃなかった、京都六角庵の「ラスク」なんですが、実は巷のラスクと違い「黒糖」で仕上げてあり、非常に後味が良く仕上がっています。扉写真とこれは黒糖ラスク(プレーン)。
以前エントリーしたガトーフェスタ・ハラダのラスク。バターの香ばしい感じが非常に美味しく、相当の人気商品ですが、この黒糖ラスクもかなり話題になっているようです。
六角庵 ラスク3
こちらは一風変わった「沢井醤油ラスク」醤油(だけどやや甘)と黒糖のコラボで抜群の仕上がりです。
色々なフレーバーがあり、京都らしく「八つ橋」味なんていうのもあり、食べてみたいと思わせる一品です。
今回頂いた二つの味のうちプレーンの黒糖ラスクが非常に美味しくて、パクパク食べてしまいました。
京都モノというと抹茶みたいなイメージがありますが、これは珈琲にも凄く合います。

関東では中々お目にかかれないお菓子ですが、見つけたら試してみてはいかがでしょうか。

ⓚAll Rights Reserved. Photo by Kazz with GXR A12 50mm



さて、お待たせいたしました。次回 2011年ラストの「投入堂・完全解剖編」いよいよ登場です。




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