日本一危険な国宝28

01 29, 2012
三徳山 三佛寺 投入堂(完全解剖 製作編)17
Mitokusan Sanbutsuji Nageiredou (kanzenkaibou-seisakuhen) 17
Kazz日本全国「古(いにしえ)」の旅
投入堂 2012.01.16
めっきり寒くなりましたがいかがお過ごしでしょうか。東京は何年かぶりの積雪と少し強い地震があり何かおちおち寝ていられないようなそんな日が続いています。

ところで、昨年頃から特に国宝建築を回るようになり全国津々浦々色々なところに足を運んではいますが、改めて思うのは投入堂ってやっぱり素晴らしいです。
まだ2回しか行ったことはないのですが、左右非対称の建築として美しさは勿論、何と言ってもこの得体の知れないオーラはなんでしょうか。空気感が違うというか、陽が当たらない中に明るい建物があるからでしょうか。
面白いのは、しばらく投入堂を見てあの位置に佇んで人間ウォッチングをしていると、大概の人が投入堂の初見で(中には2日目以上の人もいるだろうけど。)「おおっ!」と結構大きな声を出される方が多いんですね。勿論投入堂は道中一度も見え隠れしない位置にあり、最後の最後の角を曲がったと同時に初めてその姿を現します。この演出もそうですけど、投入堂の見るために危険な修験道を登ってきた御利益とでもいいましょうか、そうした気持ちが投入堂を美しく魅せるのではないでしょうか。

さて、前置きはこの辺にして、待ってないと思いますけど、お待たせいたしました。
今年一発目の、何となく投入堂に興味がある方の為の投入堂講座「投入堂・完全解剖製作編」ですが・・。
今回の「日本一危険な国宝」シリーズはかなり難航しました。(笑)
CGを造っては壊し、造っては壊し、・・そんなことをやっているうちに凄い時間が経ってしまいました。
今回のエントリーは今までとは少し違い、もともと完全にサイズ化された図面などにあるパーツを正確にトレースしそれを作るのとは違い、産みの苦しみ(楽しみとも言うが・笑)というのがありました。想像だけれども限りなく正確でなければならないというジレンマ。個人的に納得できたか未だ暗中模索でわかりませんが、ちょっと作って見ました。
・・エントリーは相変わらず凄く長いです。ちょっと覚悟の上お読み下さい。

昨年の最後のエントリーで、今後の投入堂完全解剖編の「これから」というものをエントリーしたと思うのですが、内容的には、足場などの確認から読み取る新・建立方法、新ルート、彩色、などなど・・内容自体の希望は盛りだくさん。
が、何はなくともまず基本はCG製作の本線ということで、今回もCG製作を進めながら投入堂の構造について勉強していきましょう。

扉の写真を見ると、我が投入堂もようやく形になってきました。けれど、サイズなどいちいち図面と照らし合わせて微調整しているので全然進まない。(笑)見ると愛染堂の屋根がまだ出来ていませんが、愛染堂と投入堂東側の小庇との取り合いは非常に複雑で、パッと見「どうなってんのか?」と、首をかしげたくなるような複雑な構造になっています。コレに関しては徹底的にやり込めたいとはおもっているのですが・・まっ、そうした複雑な箇所は一端置いておいて、今日は製作段階における「主屋根(投入堂身舎の屋根ね。)」いよいよ避けては通れない個人的に最大の関門だと思っている投入堂「禁断の扉」について掘り下げてみたいと思っています。
「あぁーついにここまで来ちゃったか。」
・・ハハハ・・実は正直あまりやりたくはない。
日本建築の屋根は勿論のこと、特に投入堂の屋根については諸説謂われがあり、多くの専門家はこの屋根そのもののポイントを持って「新・増築問題」を展開させている人がいるぐらいですから、ポイントとして非常にディープで、素人が行う考察としてはハードルが高いことがわかります。
投入堂の屋根の現実を見ると、実際に岩窟などに隠れていて肉眼で確認できる部分が殆ど無いだけに図面などの資料に頼らざるを得ません。したがって、ここでの問題は、単に

「とりあえずは図面通りに作れば良いんじゃないの?」

となるのですが、事はそう簡単ではないのですね。
建立方法や目的などの謎は勿論のこと、実は投入堂にはまだよくわからない構造上の謎もあるのです。
その謎は後で説明しますが、「完全解剖」という名のもと一年以上携わってきた自分としては、それを知ってしまっては後には引けません。(笑)出来るか出来ないかは別とし、今回はその辺も含めてエントリーとすることにします。

どうなることやら。

でも、こうしたことを何でも解決しようと欲張ると大変なことになるので、ここでは単純に製作段階から見た屋根の考察だけをすることとし、基本的に造ることだけに専念しましょう。謎の解明は後からでも充分できます。
でも、模型でもCGでもいいから投入堂を建ててみるとよくわかります。
建築方法のみならず構造上の壁。今回の屋根についたってひとこと言いたくなるんですよね。

「何でこんなに複雑にしたの?」

では、いきましょう。(笑)
投入堂 屋根構造1
どうなってるの?投入堂の主屋根の真の構造。

「ゆでたまごスライサー」じゃないですよ。(笑)
西側の小庇はまだ作っておらず各部の作り込みが甘いのですが、主屋根の骨組みと東側の小庇を仮組みしてみました。両破風は現在制作中です。
・・とまぁ、こんな感じが(現在まで出来ている)投入堂の屋根の骨格です。主屋根は地垂木・飛檐垂木ともに29本で、両破風を入れると31本になります。垂木群は非常に美しい八角形をしており、反りはそれほど強くありません。勾配は地垂木は約30度。飛檐垂木は約10度でほぼ水平といってもいいぐらいです。
このブログ、特に投入堂関係のエントリーを最初から見てくださっている方には散々言ってきているのですが、日本建築の美しさといえばイコール「屋根建築」といわれるぐらい。それはそれは多様な屋根があり、名建築というわれるそのどれもが非常に美しい屋根を持っているのです。
勿論投入堂もそうした建築の中のひとつです。

投入堂も多分に漏れず、我々が実際に目の当たりにする古建築の屋根は殆どと言って良いほど既に完成品であり、実際にその詳しい構造を目の当たりにすることができません。
自分も国宝など多くの建築を見ては来ておりますが、修理中の国宝建築は残念ながら見たことはありません。もっとも大概の場合そうした状況下では拝観禁止などの措置がとられており、なかなかみることができないのも事実です。できれば修理の状況を確認できる場に合わせる機会があればよいのですが、ピンポイントでそうしたものを見に行く機会は残念ながらありませんでした。
2011 投入堂 西側位置
そうした中、例えば、現在投入堂の屋根を作っている際にも大きな疑問点が生まれてきました。
神社型式の流造(ながれづくり)という種別で分けられている投入堂の屋根は檜皮葺(ひわだぶき)。
確かに檜皮葺自体はよく見る屋根の葺き方なのですが、やはり大概は屋根として完成したものを見ているので、その構造を知るには、前述したようにリアルタイムによる建築中の建物だとか、葺き替えサイクルにハマらないとなかなか一般的に目の当たりにすることはできません。構造的にも実際の檜皮葺はどういうものなのだろうか、ご存じない方も多くいると思います。かくいう自分も、檜皮葺というものがどのように行われているか理屈では何となくわかっているけれど、目の当たりにしたことはありません。

檜皮葺に限らず柿葺などに代表される板葺きは「葺師(ふきし)」というプロ中のプロが実際の屋根を葺いています。
檜皮葺師。格好良すぎです。
あの美しい屋根のカーブを重ねた板でどのように表現するのか。特に日本建築など、総合的な建築を生かすも殺すもすべて葺き師にかかっているといっても過言ではありません。屋根の優雅なラインで建築が決まると思うところもある自分としては、こうした匠の技に尊敬の念を抱き感動すら覚えます。屋根の美しい建築はそれだけで限りなく美しい建築であると思います。
ここまで書けば大概にお分かりかと思う。
そうした匠の聖域とも言える(と思っている)屋根の葺き方についてあれこれ言うのもチャンチャラおかしいところがあるのですが・・。

冒頭、自分は投入堂においてなぜ屋根を身舎全体に一気に架けなかったのか?という風に吐露したが、あれはあくまで冗談。投入堂が大きなひとつの屋根に覆われていただけだったら魅力は半減していただろうと思う。投入堂はあれだけの小ささにも拘わらず「独立した5つの屋根(含愛染堂)」をもっている。タダでさえ謎多き建築物なのにさらに日本では類を見ない独特の屋根を持っている。
「だからこそ、投入堂」
今回はその独特の形状を持つ投入堂の屋根をできるところまで掘り下げてみたいと思う。
ここにきて「完全解剖」の名が大きくのしかかるが。(笑)

それでは、改めて投入堂の実際の葺き方を見てみましょうか。
投入堂 軒回り
主屋根のパーツはこのように軒付(軒先)だけに限ると、「見た目」からわかるものとして主要4部材で作られているようです。
えーっ、ここで問題にするのは主屋根だけで、東西側の両小庇はここでは取り上げません。若干違う構造だとは思いますが、ほぼ同じだと思われます。
実際はここ。↓
投入堂 軒付2
①檜皮(葺)②蛇腹(じゃばら)③茅負(かやおい)④飛檐垂木(ひえんたるき・ひえんだるき)
※檜皮の上に見える薄い板のようなものは、崖上の雨水などによる檜皮の腐食を防ぐための銅板。


ハイ、確かによく見なくても投入堂に限らず一般的な檜皮葺の軒付を見るとこうした構造をしております。
そして、下から見ると更によくわかるのですが、何やら細かいドミノのような部材がズラーッと並んでいます。それがこの②の蛇腹といわれる部材です。投入堂の中でも細かい部材のひとつで、長方形の木を平行に並べ反りに合わせて傾きを作り、それを自在に使い屋根の反りを演出の一端を担っています。
投入堂に限らず檜皮葺ではよく見る部材ですが、蛇腹というんですね。知りませんでした。
投入堂 蛇腹1
投入堂の蛇腹のサイズはどのくらいでしょうか。
調査報告書によれば、この蛇腹も修理の際取り替えられており、幅が61ミリ、厚さが12ミリ、長さは36.4ミリで材質は檜です。一見して小さそうですが、実は見た目より意外と長さがあります。
投入堂 各部説明
ここではわかりやすいように西側小庇の写真を使用します。角が蛇腹により扇形に組まれているのがよくわかります。
蛇腹はその名の通り蛇の腹のように非常に細かいパーツであり、見ようによっては装飾性の高い部材ですが、この蛇腹は柔らかい檜皮を支えるための土台、また、軒付の角度調整、浸透した雨水を垂直に落とすためなどにも使用される部材だそうです。茅負の上、檜皮と同角度で付けられているため茅負に対しやや前方に角度が傾いています。近代の茅葺きではこの茅負と蛇腹の間や、蛇腹の裏側に更に部材が入るようですが、投入堂の場合はどうやらそれらの部材は無いようです。

かくにも、こうした一連の部材の構成によりあの優雅さを兼ね備えた独特のカーブを造っているのです。

一般向け資料の限界。投入堂屋根構造の詳細。
さて・・ここまでエントリーを進めてきましたが、問題が起きてしまいました。
今回の完全解剖編では投入堂の主屋根に関するエントリーを行っていますが、完全解剖を謳っている以上、こうして目に見える部材の他、当然ながら内部構造についても深く掘り下げていかなければなりません。
そうした情報の最後の砦となる報告書内写真・図面などでは、投入堂の檜皮葺の構造に関しての特別な記述は見あたらず、屋根の完全な構造を読み取れる写真や図面は記載されておらず、かろうじて垂木より上の野地板(?)の記載があるのみで、その他檜皮葺部はアウトラインのみで実測記載されており、その構造に関しては描かれていません。
なぜだろう。
投入堂の檜皮葺が一般的な檜皮葺の部材構成と同種の類なのか、特別な仕様なのか、それがわかれば、例えば同時期の建築などを参考に他にある事例からでも検討は付きそうですが、それは難しいと思います。何せ投入堂は国内でも最古級に属する部類の建築なので、投入堂が見本になることはあっても、その逆は中々無く、寧ろ諸々の現状から特別仕様と考えた方が良さそうです。ただ、個人的には古来から伝わる檜皮葺の構造、その根本は大幅に変わることは無いように思います。
投入堂 側面
※図面はアスペクト変更

・・・ということになると・・。
残念ながら正確性という点ではこれ以上詳しくは進められないこととなった。
さて、どうする・・?

投入堂の屋根の主要部材に関しては図面と肉眼である程度のことは確認できた。
で、問題はここからです。
例えば、参考的に現代に檜皮葺の屋根と比較するとして、それは投入堂が建立されたものと同種かというと、これは結論から言うとかなり違うそうです。ここではスペースの都合で比較自体は行いませんが、少しあてにしていただけに、そうしたものの応用が効かないとなるとちょっと困りました。

このブログの一連の投入堂エントリーに関しては「投入堂ってどんな建築なのか」という根本的で素朴な疑問から始まった。そこには勿論構造的な部分も入る。
これは「近づくことすらままならない」投入堂だからという意味が大きく含まれる。あらゆる角度から写真を撮影でき、図面が存在し、内部に簡単に入れて詳細な観察が出来る状況下であれば、あえてCGで手間暇掛けて製作する意味がないだろう。
だからこそこれらをCGとして作っていくかいかないかというのは、完全解剖を謳っているこのブログの存在意義にも関わってくる問題なので、ここは注意していきたい。想像で作成していくのか、いっそのことその部分をスルーするか。
多くは制作者の胸先三寸なのだが、考えても結論が即答できる筈もなく、かといってわからないものはわからない。難しい問題だが、諦めたくはない。そうしたことからもいったんこの問題は棚上げしておくこととし、良い機会なので、ここでは投入堂の檜皮葺(主屋根構造)が特別仕様ではないものと考え、ごく一般的な詳しい檜皮葺の部材構成をあえて投入堂に適応してみることにした。ただ、わかる限り制作者の視点を入れていく。
尚、投入堂に限らず日本に存在する古建築はほぼ全てがそれしか存在しない「一点もの」である。それ故何を持って「一般的な檜皮葺」とするか頭の痛いところですが、ここは想像力と妄想力を働かせ、報告書や外観から確認できる範囲で進めていくことにします。

これが、投入堂の屋根骨格?
というわけで、まずは Kazz zzaK (+あい。) おなじみの大したこと無いCGで投入堂の化粧裏板より上の部材構成を作ってみました。わかりにくいかも知れないのでちょっと説明します。
投入堂 屋根構造1
まずは模式図の各部説明。

黄・・・棟木
赤・・・地垂木
ピンク・木負
緑・・・茅負
水色・・飛檐垂木
青・・・蛇腹
茶・・・檜皮部(先端部のみ作成)


少し簡易モデルになってます。ここでは野地板より上部を考察するため、各部の大きさ比率と飛檐垂木、地垂木、茅負の反り、前方への回転角度、蛇腹の角度、突き出し量などすべて本物の投入堂の比率に合わせてあります。
但し、各部のブラッシュアップはまだで垂木の本数も少なくしてます。また、茅負や木負は実際の半分程度の大きさにしています。これに野地板が加わった状態が図面で確認できる確実な投入堂の屋根の構造です。
投入堂 屋根構造3
投入堂 屋根構造2
投入堂 軒 実写
角度は違いますが、投入堂主屋根の前面実写に照らし合わせます。
ここで本来なら現在制作中のCGモデルを使用するのが良いのでしょうが、説明の際ゴチャゴチャするのであえて簡単なモデルを使用します。

ここで、まず通常の檜皮葺を念頭に置き、構造的にCGを成長させてみましょう。
しかし・・・注目すべきは檜皮部分の密着度の高さでしょう。芸術的ですらあります。
これは投入堂に限りませんが、例えばこうした板葺きの屋根構造を知らない人に、写真を見せて問いかけても単純に写真断面を見ただけでは、これが一枚ずつ僅か数ミリの木の皮を重ねて積み上げ造ったものとは絶対にわからないでしょう。つくづく凄いものです。

早速問題点に入ります。
それでは、まず投入堂の主屋根の構造を詳しく見ていきましょう。
まず、肉眼で確認できるところと言えば、茅負・木負・飛檐垂木・地垂木の野地板でしょうか。
これは投入堂を下部から確認するとわかります。当然のことながら肉眼でわかる部分に関しては図面にも記載されておりCG製作においても何ら問題はありません。
問題は、この野地板よりも上の構造です。
繰り返しになりますが、投入堂は平安時代の建築物です。同じ檜皮葺でも構造が違うというのが専門家の見方です。よって、ある程度の応用は効くかもしれませんが、基本的に違います。
投入堂 野地板1
飛檐垂木上部に野地板(ベージュ)が架かります。(横の線はCG的に板を曲げるために入っている線で無視してください。横向きに5枚の板を架けているわけではないです。)ちなみにこの野地板の大きさに関しては不明ですが、厚さに関しては1.5センチ前後にかかれていますが正確ではないためここでは不明とし、解説・考察の為に厚さ2センチ程度として作成し話を進めていくこととします。
投入堂 野地板2
この野地板のポイントとしては、軒先部は茅負に先端部をギリギリに当て、後尻部を木負に載せている点です。
今回ほぼ垂直下から見た実際の投入堂の写真を見てみましょう。
茅負と野地板の間に段差が生じておらず一体化しています。また、木目については柾目と板目両方あるようです。
投入堂 野地板 実写
写真を見ると、野地板は縦架けで、茅負の落ち込み部より飛檐垂木に沿って木負の上まで架かっています。(と思われます。)確認できるでしょうか。

と、これで投入堂主屋根構造が図のように構成されていることがわかりました。ですが、何点かの疑問があります。
投入堂 野地板 段差説明
まず、茅負と蛇腹の裏。率直な疑問として、この野地板より上の段差をどうするのか?ということです。
実測で投入堂の蛇腹は約6センチ。(A)茅負は約14センチ。AB合計して20センチにもなり、仮に野地板が2センチと考え、それを引いても最終的にその差は18センチもあります。結構な段差です。
この段差は同様に木負~地垂木部にも発生します。こちらは蛇腹がない分段差自体は少ないのですが、古代建築でもある投入堂の場合この段差(空間)をどのように埋めていくのでしょうか。

その答えについての鍵を握る投入堂の修理報告書を見てみるとこんな風に書いてあります。
問題となってる部分は茅負の裏、飛檐垂木野地板の上の空間です。

天井が張られているにも拘わらず、地垂木軒裏板が棟木際まで張られているため、小屋組みは見ることができない。檜皮葺屋根補修部分から覗き見る限りは、小間返しに張られた野地小舞の下に野垂木があり、懐が少なく、裏板上に転ばし母屋が置かれているものと推察する。
~投入堂修理報告書から引用~


「ほほ~っ。・・・・・フフフ・・専門用語が多すぎてなんのこっちゃわからん。」

ただ、わかったことが何点かあるのでそれを整理してみよう。
基本的に檜皮葺は平成の大修理の際その一部にしか傷みが無かったため大々的に葺き直されておらず、構造的に垣間見る場所はその一部しか無かったようです。プロの目から見てもその構造は推測の域を出ないということだった。
やっぱり・・。こうしたことから、檜皮部のアウトライン実測は、たまたま檜皮葺の傷みが無く、大規模な修理箇所が無いために解体する必要がなかったので構造的な確認が出来なかったことに起因すると考えられます。
したがって、この部分の構造に関する資料は殆ど無いと言うことか。
・・こうした建築に卓越する経験と実績を有する宮大工さんでさえ構造を確認できないのに、とてもじゃないが素人ではわかるはずがない。

けれど良いヒントをもらった。無いから出来ない。では前に進まない。
黙っているのも癪なので推測ながらも記述された内容を整理してCG化してみた。
あくまで個人的推測という前提だが・・。こんな感じになるのではないかということがわかった。
自信は無いのでハッキリと断言できないが、おそらく投入堂の屋根を解体するとコレに近い状態になるのではないかと思っている。(あくまで推測です。)
投入堂 小屋組7
追加部材
濃ピンク・・野垂木
黄緑・・・・野地小舞
オレンジ・・転ばし母屋(「転ばし」とは角度を付けること・・?名称合ってます?)

投入堂 小屋組8
檜皮に関しては意外と大きいものであり、平成の修理の際はサイズその他は
軒付用・長さ75センチ二つ裁、厚さ1.8ミリ内外、口巾3センチ内外
上目皮・長さ75センチおよび二つ裁、厚さ3ミリ内外、巾15センチ内外、箱皮仕立て
平葺皮・長さ75センチ二つ裁、厚さ1.8ミリ内外、口巾12~15センチ尻巾三割落ち仕立て

である。
CGでは何枚かしか葺いていないが、これが何層にも僅かにズラしながら葺いていく。凄い技術である。
投入堂 小屋組9
まずは、
「小間返し(こまがえし)に張られた野地小舞(のじこまい)・・・」
この小間返しというのは、部材そのものの大きさを基本に、ひとつおきに間引きするように空間を空けセットすることだ。(間違ってませんか?)そして、野地小舞とは下地材のことのようで、この場合檜皮の直下に来る部材のようだ。この野地小舞は修理の際に取り替えが行われており、そのサイズが幅39ミリ、厚さ24ミリ、各ピッチは91ミリということがわかっている。
上のCG写真を見ると、野地小舞は横材のみ作られ棟近くまで張られているが、縦材については作っていない。
というのも、投入堂修理報告書写真の一部に前面腐朽部のアップの写真があるのですが、この部分は蛇腹より上の檜皮部分が腐朽しているのですが、ここに蛇腹を留める細い短冊状の横材(CGでは蛇腹上のグレーの部分)と野地小舞の横材が僅かに確認できますが、その下に僅かに縦材らしきものが確認できます。ですが、これはもしかしたら野垂木のものかもしれないので(ただ、野垂木にしては細い。)野地小舞自体は縦材である野垂木が受けになっていると考えられます。また、修理報告書にある「懐が少なく~」という記述は、投入堂の屋根の垂木間の空間がかなり狭く、材を入れるスペースやサイズにも一考があることを示唆しています。
今後の課題としての詳細不明部分は、野垂木の棟付近での処理転ばし母屋と野垂木の継ぎ方野地小舞の軒付部と棟部の処理野垂木の受けの正確な位置(木負の上?)などといったところでしょうか。おそらく現時点でわかる精一杯はここまでです。
そして、最後に現在制作中の投入堂のモデルと合成します。
投入堂 小屋組 合成
こうした感じになりました。
悪くは無いと思うのですが、やはり細部が非常に気になります。が、現時点では仕方ありません。
こうした不明部分の詳細をどのように得るか、それはかなりの問題ですが修理した業者でさえわからないのでちょっと途方に暮れてます。(笑)
・・ただ、たったひとつヒントになるであろう思い当たる建築があります。もしかしたらそれが投入堂の屋根構造の鍵を握る建物になるかもしれない。・・ニヤリ。

さぁ、いよいよ締めとなりますが、
現在我々が目にしている投入堂の部材はその何%がオリジナルの部材か実際の所よくわかりません。
例えば主屋根の破風は4枚のうち既に3枚は大正の大修理の際に取り替えられています。永年に渡って投入堂を守るためにはもしかしたら全ての部材を交換して現在の姿を保ち続けることになるかもしれません。
約900年もの永きに渡り一度も倒壊しないまま建ち続けている投入堂とて、人の手を加えないまま建ち続けるのは不可能であったはずです。900年の投入堂の歴史は建物そのものの歴史でもあり、修理をしながら記録された歴史は、そのまま人間と建物が共存した大きな歴史でもあるのではないでしょうか。
一年以上投入堂をCG形態を持って接し、構造的に見てきましたがまだまだ赤ん坊同然の全然です。
特に今回のエントリーに当たっては、そうした知識の無さから非常に痛い目に合いました。
更なる精進を続けなければなりません。ただ、遠回りをした分また自分に新たな知識を吸収することができました。ブログの良いところだと思っています。
投入堂 2012 0126-1
さて、容量の問題もあり、今回はこの辺で終わりにしたいと思います。
いや~、長かった。(笑)
この「屋根」については深くやればやるほどどんどん深みにはまっていきました。
例えば「蛇腹」なんかでも非常に深く、やれば何回もエントリー出来そうで面白いものでした。
いずれにしても今回だけでこの部分について事細かく説明することは難しいでしょう。まだ、これは主屋根の中央部分のみの構造検証で、角の反りや、あと4つある屋根部については何も触れてません。(苦笑)
そんなわけで、投入堂の「屋根」についてはこれからも製作段階でチョイチョイ入ってきます。一度にカタを付けず長いスパンでやらないとCGを作りながらのエントリーではこちらが潰れてしまうので、毎度のお願いながら長い目で見てください。

というわけで、 Kazz zzaK (+あい。) 日本一危険な国宝シリーズ・投入堂完全解剖編 最後まで読んでいただきありがとうございました。次回もお楽しみに。


ⓚAll Rights Reserved. Photo by Kazz with GXR A12 50mm
ⓚCG Kazz zzaK (+あい。)


「奥深さ」が難しい。

01 24, 2012
投入堂 予告 28

予告はしたけれど、かつて無い製作難航具合を見せる次回の「投入堂・完全解剖製作編。」
現在苦戦しながら製作進行中。
少し間が空くかも知れないけどサボってないので気長に待ってて。(笑)

初雪と初ラーメン。

01 21, 2012
シンプル もやしラーメン
GXR A12 50mm

さて、・・。

年が明けてもう20日が経ちました。

今日東京は初雪が降りました。
ただ、予報より積もることはなく、現在は止んでおります。

ところで、現在制作中の何日か前にエントリーした「得体の知れないもの」
現在継続進行中ですが、やや苦戦中。(笑)

わかってたことだけど、専門分野を掘り下げるって難しい。

もう少しやってみよう。夜食でも食べながら。・・って、・・・具はモヤシだけかいっ!・・あ~あ。

腹減ったな・・。



秘密考察

01 18, 2012
屋根考察
さて・・。寒いですね。朝が辛い。(笑)

パソコンに向かい何やら真剣に格闘中・・・。です。
大体こういう訳のわかんないエントリーをした場合、それが「何かのフラグ」だということは常連さんにはスグばれる。
模式図2
だけど、これが「何か」はわっかんないだろうなぁ~。
本来ならすぐわかってもらわないと困るんだけど、改めてみると自分でもわかりにくい。
現在制作中のこの得体の知れない・・・というか、・・ハハハ・・「得体の知れないもの」としかいいようがない。

間に入るかも知れないけど少し待ってて下さい。たいしたもんじゃないけど。今回、結構時間かかってます。(笑)

約10年間の楽しみ。

01 14, 2012
薬師寺 東塔
さて・・。
過去自分が撮影した写真から「国宝」と名の付くところをピックアップしてひとつのフォルダに入れようと整理しているところなのですが・・・。
せっかく行ったのに写真に納得がいかなかったり、微妙にピントがキテない写真が結構ある。
総じて、再撮影するためにもう一度訪れなければならない国宝がでてきてしまった。・・ハハハ・・。

い、・・イヤ、笑い事じゃない。
国宝建築に一段と興味を持ったここ数年だから余計に気になるのかも知れないが、現在自分が拝観していない国宝建築の屋根などの葺き替えがあちこちで行われており、見に行きたいのに見に行けない歯痒い状態が自分の中で続いている。
まぁ、外にある「建築物」である以上、傷みを伴うのは当たり前といえば当たり前だが、屋根の葺き替えなどにより一気に「年式相応」から新しくなり過ぎることによる雰囲気の変化が何となく悩ましいところではある。

解体修理直前に訪れることができた上の写真、奈良・薬師寺東塔もそうした中のひとつである。いよいよ修理に入ったようだ。

この最後のチャンスに、こともあろうか天候が悪く、カメラの調子も今ひとつ。モニターで見る写真も自分的には今ひとつである。結果的に失敗撮影であった。これはカードにしたくないなぁ・・。

ただ、そうもいってられず、この薬師寺東塔に限って言えば、まっさらな状態で撮影するには修理終了まで待たねばならず、それがこれから約10年かかるそうだ。

約10年間・・ひと昔分かぁ・・。
約10年間もこの優美な姿を見ることができないのか・・。
つまり、約10年間再撮影ができず、国宝カードのコンプリートも10年保留か。(・・笑)

確かに10年は長く、屋外にある文化財の修理はある意味宿命ともいえるが、決して悪いことばかりじゃない。
こうした解体修理に伴い色々な謎がわかることがある。薬師寺東塔が今日まで実際何回ぐらい修理されたことがあるのか不明だが、今回も最新の技術により多くの謎が解明されることはほぼ間違いない。
そして、更に良いことと言えば、こうした大修理の際は希にではあるが解体の状況を一般的に公開するときがある。また、テレビの番組などでドキュメントとして特集が組まれる場合が多い
薬師寺東塔の場合修理に伴いそうしたものがあるかどうかまだ不明だが、こうした情報には自分の低いアンテナを張り巡らせておかねばなるまい。ピンポイントで訪れることができるかどうかは別として、もしそういう機会があれば是非訪れたいと思う。

ものは考えようだな。約10年間そうした謎をドキドキしながら待てるとは。
そして無事にまた美しい姿を「魅せて」もらいたい。

プロフィール

Author:Kazz
Welcome to my blog

Kazz zzak(+あい。)へようこそ。
Kazz zzaK(+愛・逢・遇・合・・・ etc)
あい。は、人それぞれ。

英語で i は自分ということ。

Kazz zzak(+i)

色々な「あい。」と自分をプラスして
Kazz zzak+i=「Kazz zzaKi」

「カズ雑記」

身の回りの好きなこと。好きなモノ。
関心のある事。
写真と共に何でも書いていきます。

気に入ったらまた遊びに来てください。

尚、このブログ内全ての文章・写真には著作権があります。販売も行っておりますので
無断で使用・転載する行為を固く禁じます。

コメントは基本的に悪質で無いものは承認する方向です。
ただ、メールで個別に対応することは時間的にも余程のことが無い限りできませんので
コメント通してすることになります。宜しくお願いします。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター