「晴れ男」VS「嵐を呼ぶ男」・・・決着。

06 29, 2013
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さて、
先週の日曜日は友人の結婚式に出席しました。
友人の彼は仲間内では密かに「台風男」と囁かれており、今回の台風4号も発生当時は日曜日まで影響するんじゃ無いかと思われていましたが、結果は見事に二人を祝福するかのような晴天で、ほっと胸をなで下ろしました。

末永く、お幸せに。

SUZUKI CAPPUCCINO (+8。)

06 24, 2013
カプチーノ8扉2
さて、
車業界の話。
先日・・といっても少し前になるが、トヨタの生産ラインがリーマンショック以前の水準に持ち直し、景気回復の兆しを見せる一連の嬉しいニュースが耳に入ってきた。・・かと思えば今度は株価の激しい値動き。未だ先の見えない景気の道筋は迷走路真っ只中という感じだ。
このまま円安が進み、業界のリーダーシップを取るトヨタが元気であれば、追従する他メーカーと共に全体は相乗効果で右肩上がり、アベノミクスの恩恵を肌で感じるいいムードになってきたといえるのではないか。とりわけ、ホンダも先日F1復帰宣言をし、スバルは北米で絶好調だし、一般的に聞こえてくる景気回復の声は、車業界を長らく取り巻いていた暗雲を払うまでは行かないものの、ようやく一筋の光となって差し込み始めたというところだろうか。
総じて、悪くは無い。

バブルと言う名の後盾と職人魂
1991年といえば、バブル期の終わり年として世間には認知されている。
そのバブル終了時、至る所に専用設計や贅沢な装備が施された贅沢な軽オープンスポーツ「カプチーノ」は発売された。
車を取り巻くバブル景気と言えば、日本で超が何個も付く高級車がこぞって売れたのもこの時期だ。1000万円近い車が右から左へ、信じられないぐらい売れただけでなく、何億、何十億という桁違いのスーパーカーが投資目的で買われ、そして、売れた。一般家庭ですら何百万もする高級車をごく普通に購入し、生産が間に合わないメーカーが幾百ものバックオーダーを抱え続けた異常な状況は、後にも先にもこの時だけだろう。
一方で、こうした土壌があったからこそカプチーノは生まれた。ともいえる。
超高級車が売れに売れた一方で、当然ながらこのバブル景気の波は軽自動車にも及んだ。但し、軽自動車を高級化する意味などない。なぜなら、そんなことをするぐらいなら消費者はもっと上のクラスの車を買えば良いからだ。
では、『軽』にはどういった車が求められたか?
求められたのは、実用とはほど遠い「遊び」を含めたオープン・スポーツカーだった。
つまり、超高級車ではやれきれなかった「遊び」を「軽自動車」という枠でやってしまったのだ。
とはいえ、もちろん片手間に造ったわけでは無い。徹底的にだ。随所にわたる拘りが感じられた。細部にわたる調整と様々なアイデアが融合された。加えて、走りが悪ければスポーツカーとはとても言えない。エンジンフィールや足回り、軽量化。それでいてチャチくない。メーカーはここぞとばかり、全てにおいて妥協せずに造り上げた。これが万が一、「とりあえず、それっぽいのを造っとくか」という、いかにもやっつけ的な仕事をしていたら、カプチーノはもとより、今日に至る軽オープン・スポーツカーの世間的な評価は全く違ったものになっていただろう。
この車が賞賛を浴びたのは、製造に拘わった全員が「自分たちが乗りたい、造りたい車を造る。」という基本理念の元、車が大好きな大人達が、超真剣に遊びの車を造ったが故、だったのだ。
結果はご存じの通り。発売されたカプチーノは、見事に市場にリンクし、紛れもなく日本の名車としてその名を刻まれたのだ。そこにバブルという追い風はあったものの、スポーツカーを妥協無く造り上げるということを追求した完成品が、この『カプチーノ』だったのだ。

これがザッとしたカプチーノ誕生の背景である。
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2012年度総販売台数の約四割を占める軽自動車は、もはや業界の主力商品で各メーカーとも無視できない。維持費が大幅に安く、高燃費。狭い道路や駐車場、諸々の点で日本の交通事情にマッチする。まさに良いことづくめだ。
一昔前の軽自動車と言えば、全体的にチープで装備も最小限。走れば高速のお荷物になるなど、あくまで実用的な道具としては優れていたが、車としては比べるまでも無かった。
だが、今は全くと言って良いほど違う。室内空間なども一クラス上の小型車と比較して遜色ないし、走りも大幅にパワーアップされた。フル装備は当たり前だし、電動ドアやエアコンのタッチパネルなど、上のクラスでさえ付いていない装備すらある。
女性ドライバーにも優しく、何よりチープ感が無くなった。
これでは買わない理由が見つからない。現在の軽自動車は、まさに『売れるべくして、売れている。』と言っても過言では無いだろう。
また、現在各メーカーの主力軽自動車であるワゴンや1BOXタイプの大体は、『軽でもここまでできるんだぞ。』という市場が求める声を高いレベルで反映しているため、横一線、差別化がしにくい状況だ。見ると確かに細部は違うし、革新的な技術も盛り込まれている。よく言えば、どれを買っても大きな外れは無い。悪く言えば、見た目も含め全体的な印象が大差なく、圧倒的な個性はそこには無いと感じる。
経済的+オールマイティな実用性が求められる軽自動車を比較する場合、ここまで高いレベルで並ばれると、決定打は無く、無党派層のユーザーは、車自体を比較すると言うより二次的な付加サービスやメーカーが持つブランドイメージからくる信頼性などで買う車を選択する。割引率やアフターサービスの更なる充実。熾烈を極める軽自動車の販売枠において、もはや車単独で勝負する時代では無くなった。
携帯電話と同様に、軽自動車という世界でも希に見る制限枠で進化しすぎたために起こってしまったガラパゴス化。と、いうのがここ数年の主力軽自動車を取り巻く環境であり、個人的印象だ。
軽自動車の特性上仕方のないことなのかもしれないが、それでも、ユーザーに迷うこと無く自信を持って指名買いされるようなカドの尖った何かが足りない。無難すぎて面白味が無い。そう感じるのは自分だけではないと思う。
カプチーノ8扉
スポーツカーの復活・復権はなるか。
近年売り出されたトヨタの86(ハチロク)は明確なスポーツ志向を持ったスポーツカーとしてターゲットを車離れの激しい若者に向けて発売された車だ。
現在の日本では見る影も無いが、その昔、スポーツカーの位置づけというのは、メーカーの象徴といえるものであり、そのまま車好きというイメージを重複させるものだった。昔の車を今見ても、そのデザインたるや新鮮で、ドキリとさせられるようなラインを持つ車は多い。時代と言われれば簡単だが、現在スポーツカーの位置は凋落し、それはあくまで実用性を無視した趣味的な車として、求められる市場の声は薄い。
だが、車好きの誰もが、外国車の持つ悩ましい流線のボディや、無骨なまでの力強いライン、比類無き動力性能、洗練された内装などに魅了され、いつかは欲しいと思っているはずである。
スポーツカーというその名の響きは、いつの頃でも憧れの対象であり、いまもそうあり続けている。
この思想が、団塊の世代やスーパーカー世代だけに通用するのか、現代の若者にまで通用するのか、その定規(ものさし)としてトヨタが若者の車離れの切り札にスポーツカーを用いた戦略は決して間違ってはいない。
若者の心を再び車というものに振り向かせるのにはワゴンやミニバンやおっさんが乗るセダンではダメなのだ。
やはりスポーツカーが必要なのだ。
と、考えた。
結果と結論がでるにはまだまだ時間がかかるようだ。この戦略、一見間違ってはいないように思うが、メーカーの思惑に反して市場の反応は違う方向に進んでいるようだ。

こうした若者の車離れについての大きな原因として考えられることは2つある。
ひとつは、車を買う・維持することに金が掛かりすぎるからだ。車検やガソリン代、駐車場代、諸々の税金・・。
確かに金が掛かりすぎる。
不景気真っ只中で生まれた現在の若者は物に対しシビアな目や考え方を持っている。よって、全般的に節約志向が強く、金の掛かる車を所有したがらない。かといって、金を全く使わないかと言われるとそうでもない。使うところには極端に金を使う。結論から言ってしまえば、車を所有するメリットとデメリットを天秤射にかけたとき、それらはトレードオフになり得ないということだろう。更に逆を言えば、とんでもなく魅力的な車さえ造ることができれば、若者は再び車に目を向けるようになり、暫く眠っていた巨大な金脈を掘り起こせる可能性があるのだ。
車がコミュニケーションツールの筆頭だった時代は影を潜め、それはケータイやスマホなどに取って代わられた。また、インターネットの普及で外に出なくても何時間でも暇をつぶせる環境が出来てきた。家に居ながらにして情報は溢れているし、そうした情報を得ることにより行った気にすらなってしまう。勿論旅行や実体験として友人達や一人でも出掛けたりはするが、公共交通機関や、レンタカー、カーシェアリングなどの移動手段が普及し、車を持つことによるデメリットの方が圧倒的に大きくなってきた。
また、仕事も問題だ。終身雇用など夢のまた夢へと消え、雇用問題、定職が無く、派遣や臨時的な仕事が当たり前となりつつある今、車など所有できるはずが無い。それが現実だ。
以前のようにとりあえず車を持っているだけで引く手あまたという時代は終わりを告げ、若者の意識は完全に変化した。

もうひとつは、所有したいと思う車が無いと思われることだ。
全財産を投げ売って人生を掛けて欲しい車を買う。と、いうのは、ある意味羨ましいが、もしそれをやるとすれば、それは所有なんて生やさしいものではない。もちろん、その対象は、フェラーリなどに代表されるそれこそ一軒の家以上の価値がある、まさにドリーム(夢)である。ここでいう一般的な所有とは少し意味が違う。
生活費の中からかなりの負担をしてまでも欲しいと思う安くて魅力的な車。それが無いのではないだろうか。
移動のためだけの車は単なる道具に成り下がり、別段欲しくはない。そうでなければ高いデメリットを抱えてまで車を所有する必要が無い。公共交通機関やレンタカーで充分事足りるのだ。
それが、現代の若者の車に対するスタンスなのではないだろうか。
カプチーノ8-5
出るか、新カプチーノ。次世代軽オープンスポーツの影。
今日まで、軽オープンスポーツ復活の噂は立っては消え、立っては消え、その繰り返しだった。
90年代後半に入り、軽オープンスポーツは絶滅しかけたに見えたが、2002年にダイハツからコペンがリリースされ、軽ワゴン全盛の中で2012年まで奮闘し、その使命をとりあえず終えた。このコペンがカプチーノやビートのように純粋な軽オープンスポーツかどうかと言う点において異論はあるだろうが、一線を画した車であったことは間違いない。
結局、このコペンの総生産数は56,000台を超えるヒットとなり、僅かではあるが軽自動車枠にスポーツカーが入る余地があることを実証した。

軽オープンスポーツは本当に復活するのか?
こうした中、最も現実的なのがホンダの一連の発言である。『2015年までに6車種の軽自動車を用意している。』と言う発言がそれだ。その中には新ビートを思わせるスポーツカーを市場に送り出すとの発言もあった。
事実モーターショーにおいてもEVスターと言う名でそれらしい車が参考出品されたのは記憶に新しいところだ。
ホンダは2015年にF1にも復帰し、スポーツカー回帰。発言に裏付けされたこうした一連の動きを見ると2014年には本当に新ビートが出てきそうな勢いだ。(まだ懐疑的。)
ホンダは現在軽に最も力を入れており、スズキ・ダイハツの2強を猛烈に追従している。その差はまだ広いが、埋めるためにも起爆剤が欲しいのは確かだろう。売れる売れないはこの際関係なく、こうした車を造ることで世界に自社の技術力を大いにアピールできるのだ。「ウチはこんな素晴らしい車も造れます。」と。

思えば1980年代後半にMAZDAユーノス ロード・スターに端を発したオープン2シーターの微波は、瞬く間に大波となり、最終的にはコペンという名で約30年という期間、我々消費者に夢を届けてくれ終焉を迎えた。
正確にはMAZDAロードスターなどが現在でも生産されているが、クラスもコンセプトも違うし、ごくごく一般的な車とは言えない。
新カプチーノの可能性はどうだろうか?
これは大いにあり得ると考えて良い。
軽オープンスポーツの波は現在は凪(なぎ)状態ともいえるが、噂される新ビートが市場への試金石となり、大きく波及していくことを願ってやまないのである。
次世代軽オープンスポーツは誕生するか?注目である。
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20年経ったカプチーノの味は?
ところで、
カプチーノの検索ワードからいらっしゃる方で圧倒的に多いのがトラブル関係。当ブログでも以前に取り上げたオルタネータやエアコンなどの例の症状でお嘆きの方からの検索で、その点は当ブログでも過去に一考を述べたので割愛しますが、やはりトラブルは多いんだなと胸を痛めています。
車を所有するにあたって、トラブルは無いにこしたことはありません。我がカプチーノも16万3千キロを超えたのですが、日頃のメンテナンスのせいか、トラブルらしいトラブルはここ5年間ありません。
ただ、下回りをのぞき込むと錆びがやや気になりますね。処理自体はしていないのですが、やはり長く乗ることを考えると一度はやらなければならないようです。一体いくら掛かるやら。(泣)
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新車販売が無く、中古でしか買う方法の無いカプチーノを買う場合、最も大切なのは目先の安さにつられて買うことは厳禁である。ということだ。これはカプチーノのみならず、この手の車を買う際の最も基本となる部分だ。もし、仮にたったひとつの例外があるとすれば、それは、殆どの整備を自分で出来る場合のみである。
だが、今となっては絶対数が少く、程度の良い安価なカプチーノが市場にどれぐらいあるだろうか?
結論から言うと、そうした個体が仮にあったとしてもそれをピンポイントで探し当てるのは非常に難しい。宝の山に当たるようなものだ。残念ながら、もはやカプチーノは一般的な中古車市場に出回ることは無くなった。
反面、新車に近い状態や、部分的にレストアされた個体は専門店に並ぶようになる。但し、付けられたプライスというのは相応のものであることを覚悟しなければならない。
こうなると、逆説的には、良いタマを探し当てると言うことよりも、いかに劣悪なものを掴まされないかの方が重要なのではないだろうか。
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カプチーノの苦味。
カプチーノも生産終了からすでに15年経過している。遅かれ早かれ部品の欠品が出てくるはずだ。
これからカプチーノを所有する中で最も怖いのはこれだろう。
人でいえばすでに余命宣告されているようなもので、ここら辺がカプを維持していくか辞めるかの境界線になるだろう。走れば調子が悪く、部品を探して東奔西走。旅行へいってもいつ壊れるかを心配するばっかりで楽しめないような状況では、余程心に余裕が無い限りは現実的に無理と言える。自分もそうした目に遭わないために色々とやっているわけで、トラブルがあまりに頻発するようだと考えなければならないかもしれない。
だからこそ、部品の心配が無い今、カプチーノに乗るのは最後のチャンスとも言えるのではないだろうか。
こればっかりはカプチーノのほろ苦いところだ。

カプチーノの甘さ。それは、楽しさ以外に無い。
カプに乗ると子供の頃遊園地のゴーカートに乗った頃を思い出す。
それは、本当に楽しい体験だった。
レーシングカートと違い遊園地のゴーカートは、子供なら誰もが全開に出来ることができた。
・・できた・・というより、厳密にはそのぐらいの性能しか無かったというのが正解だろう。
子供心に風を切り、夢中になって走らせた快感は、今となっては遠い記憶だが、何より、そこには車を操るという楽しさの原点があったように思う。アクセルとブレーキしか無く、あまりクイックには曲がらないハンドリングだったが、そこには確かに「楽しさ」があった。それは自分にとって、同時に車というものの原点でもある。
平成の今日、車の進歩はすさまじく、前車に衝突することを防止する装置まで搭載されている。もう、あと数十年もすれば自動操縦の車が出来るかもしれない。
人が運転をしない車。
疲労も少なく目的地に安全に到着できることは悪いことであるはずがない。進化を極める車の究極とは、いずれそこに到達するのだろう。車はドンドン進化していく。

一方で、これだけは間違いなく言える。

そこに車を操る楽しさと感動は存在しない。

カプチーノは少し進化した大人のゴーカートだと思っている。小さく、荷物が少ししか積めないことで多少不自由に感じるかもしれない。車中泊も厳しい。(笑)
けれど、カプチーノには感動がある。車を操る楽しさを教えてくれる日本では数少ない車の1台だと思っている。
人車一体。感動する車。空と対話する車。
それが、カプチーノという車だ。
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さて、
最後に、これは個体差があり、一概に参考にはならないかもしれないが、カプチーノを維持していくためにどのくらいの費用がかかるのか、ここ3回の車検時の書類などを引っ張り出し、ランニングコストをザッと計算してみた。
その結果だが、駐車場代ガソリン代、自動車税・任意保険は別にすると、ここ5年間は月額約1万円弱で収まっている。
(平成4年式 約110,000〜約160,000Km)
専門店などに並ぶカプチーノは大概10万キロに届くか届かないかという状態で売られている場合が多い。故に、消耗備品さえ交換されていれば、思ったほどカプチーノは金がかからないのではないかと思う。
極めて平均的な走りをする自分でこの額である。
これが高いと感じるか、安いと感じるかは人による。
個人的にはこの金額でカプチーノを味わうことができれば安いのではないか。
カプチーノが「甘いか」「苦いか」・・
それは、買った人のみぞ知る、と、いうところか。(笑)




決戦は日曜日。「晴れ男」 VS 「嵐を呼ぶ男」

06 19, 2013
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さて、
『6月の花嫁は幸せになれる。』いわゆる、ジューン・ブライドの話は誰しもが聞いたことのある話だろう。
実は、自分も今週末に友人の結婚式に出席する。
このジューン・ブライド=6月の花嫁が幸せになれる。というのは実は明確な説があるわけでは無いようだ。
まぁ、日本の6月と言えば梅雨。ジメジメと湿気に見舞われた日本の6月は決して快適とは言えない。まして、雨のリスクを考えると6月の結婚式はなかなか勇気がいるようだ。

早速ご祝儀袋なんかを買いに行ったのですけど、コンビニなんかに置いてあるのじゃ味気ないし、ちょっと遠くまで探しに行きました。
で、結構オシャレなご祝儀袋なんかがあるんですね。
自分がもらったら捨てられそうに無いやつを買いました。
手ぬぐいで出来てます。

ところで、皆さんの回りにも「この人が来ると雨が降る。」って言う人がいませんか?
ローカル過ぎる話で申し訳ないが、この度結婚することになった友人は「嵐を呼ぶ男」として回り(ごく一部)じゃ結構有名だ。彼が休みになり、どこかに行こうとすると、必ず雨か、台風時期の時には台風が来る。忙しい仕事の中、少ない夏休みを取った沖縄の旅は、結局巨大台風で缶詰にされ、帰ってこれなくなった。これが、2年連続で続き、自分は密かに彼のことを「嵐を呼ぶ男」と呼ぶようになった。
彼の結婚式が近づくにつれ、友人と「まさかなぁ・・(笑)」なんて話していたんですけど・・。
それでもって、彼の晴れの舞台に・・まさかと思ったら・・本当に来てしまいました。台風4号。
式は外なので、台風が来たらかなりガックリです。何とか早めに通り過ぎてくれることを祈るばかり。
逆に自分は、まずイベント事に雨が降ったことが無い晴れ男だ。
・・まぁ、晴れ男と言っても科学的根拠はないわけで、基本的には単なる「気分」なんですけど。(笑)

これで、台風に見舞われたらホント、洒落にならないよ。

ここは、晴れ男の本領発揮で大丈夫なことを祈るばかり。
晴れ男 VS「嵐を呼ぶ男」
さぁ、勝つのはどっちだろう。(笑)

変わらない力。

06 13, 2013
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建物記(けんぶつき)ファイル№0037-003
奈良ホテル Nara Hotel

さて、
古建築文化財は言うに及ばず、歴史ある建造物を修理・増築などするときにはひたすら気を遣う。
奈良ホテルはホテル全体が文化財であり、改装するにしても、それこそ簡単に「直します。」なんていって直せるもんじゃない。
宿泊客の増加から新館を増築したときも景観条例に引っかかり、計画の見直しと共に見えないように半地下状に苦労して増築したのだ。
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日本建築を守り続ける旅館などもそうだが、100年以上の歴史を誇るクラシックホテルにおいて改装とは、ある意味『歴史を壊す』ことに違いは無い。何も足さない何も引かない。というのは理想ではあるけれども、寺院などとは絶対的に違うあくまでサービス業種として最低限の必要には迫られるのだ。お客があってこそのホテルという大前提がある以上、そうしたものには可能な限り答えていかなければならないジレンマがある。貴重な文化財という名目はあるにせよ、胡座をかいてばかりはいられない。それがクラシックホテルの宿命であり、使命でもあるのだ。
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ところで、
不変力を発揮した奈良ホテルの代表部分のひとつと言えばここだ。
奈良ホテル北側、荒池の見える昼間はティーラウンジ、夜は『ザ・バー』として奈良ホテルを彩る空間をご存じでしょうか。(写真上は昼間のティーラウンジ・夜は『ザ・バー』へ)
初めて奈良ホテルのこの場所に入った時、ここは中庭がよく見え凄く落ち着く空間だな。と思っていたのだが、何となく外のスペースの感じが狭く、違和感を感じた。よくよく聞いてみるとこの部分は平成に入ってから増築された部分らしい。
だけど、何となく感じただけで、言われてみればって言う程度だよ。うまく処理してあるなぁ・・。と感心した。
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古い独特雰囲気を持つ奈良ホテルにピッタリの『ザ・バー』だが、よく見るとこの場所も凄い違和感がある。
元々図書応接室を改造した場所だというので納得だが、バーに必ずある『あるもの』が無い。
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正解は『カウンター』だ。
奈良ホテルのバーにカウンターが無かったこと自体が驚きだが、この夏一部の改装と共にこの『ザ・バー』も変わるとのことだ。
変わると言っても、そこは奈良ホテルのこと。今までの雰囲気を全く壊さずに、よりお茶やお酒を楽しめる空間になるに違いない。

不変力と言えば、変えない力だが、奈良ホテルで変えて欲しい部分がひとつだけある。
それは、売店の位置だ。
奈良ホテルは正面から入り左手にチェックイン・アウトの為のフロントがある。お世辞にも今時のホテルとしてはメインロビーは広くない。むしろ狭い方だ。なので、余計なものがあると非常に目立つ。
メインロビーと言えばホテルの顔である。奈良ホテルのメインロビーはそれはそれは素晴らしく、歴史を感じさせる造りで見ているだけで飽きない。
ただ、売店の位置は大問題だろう。
クラシックホテルには基本的にエレベーターが無い。よって、宿泊部屋には階段で行くのだが、メインロビーと宿泊者の為の部屋を繋ぐのが大階段である。宿泊者はこの階段を上がり、今日泊まる部屋に行く。
奈良ホテルはメインロビー正面の大階段の真横に売店がある。元々あそこにあった訳では無いだろうが、ホテルと客が基本的に一期一会であることを考えれば、とりあえず置いてしまいました。というのは通らないだろう。
勿論何らかのお土産やグッズなど欲しい人はいるだろうし、ちょっとしたものを買うのに売店は必要かもしれないが、あの取って付けたような位置に置くことはなんとかならないだろうか。お土産類を入れるケース類もどこから持ってきたのか、奈良ホテルらしからぬ、とてもじゃないがロビーの感じと合ってるとはいえない。また、最近になって販売し始めたカレーやらビーフシチューやらクッキーやらのお土産が、所狭しと並べられ、ケース内や上だけに収まらず、メイン階段より前に出て出店のようになっているときもある。
おいおい、辰野金吾さんに怒られるよ。(笑)スペース的に難しいのかもしれないが、ホント、あの位置だけはやめておくべきだ。
旅館と間違われそうだが奈良ホテルらしい家具に生花など、ゲストを迎える心癒やすものの方が何倍も良い。いや、いっそのことそんなものすら置かなくていいのではないだろうか。『ザ・バー』が改装になると同時に売店はあの位置からは無くなりそうな感じはするが、いずれにしてもメインロビーを入って正面に売店がある・・と言う時点で大減点である。クラシックホテルの品格を落とすので少し考えてはいただけないだろうか。
で、本来なら写真をお見せしたいところだが、あまりにも気になったせいか写真が無かった。(笑)

秋にでもまたお邪魔することになりそうな奈良ホテル。
不変力による変わらない美は、奈良ホテルによく似合う

似て非なるモノ。その名も桔梗信玄餅、『吟造り』とは?

06 08, 2013
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桔梗信玄餅 吟造り  Kikyou-Shingenmochi GINZUKURI
Kazz日本全国美味しいものを探す旅

さて、
こんなモノを頂いた。
桔梗信玄餅吟造り、だ。
お〜っ、これはこれは。以前からその存在を知ってはいましたが、機会は無く、一度食べたいと思っていた。
桔梗信玄餅と言えば、奇をてらうこと無く、郷土感があり、かつ、万人に喜ばれるお土産だ。
失礼を承知で言わせていただくと、たまに頂くお土産の中にはマニアック過ぎて自分には合わないものがある。(笑)「普通におまんじゅうでも貰えると最高なんだけどなぁ。」なんて思いつつ有り難く(?)頂くのだが、その点桔梗信玄餅は、大概は喜ばれる山梨土産のスタンダードとして一般的に認知されている。

ただ、普段お土産として頂く桔梗信玄餅は殆どの場合ここで言うノーマルなものではないだろうか?
実際、「ええっ、信玄餅って何種類もあるの?」と、それほど気にしてない人の方が多いはずなのだが、何種類もあるどころか、『信玄餅』というネーミングさえ商標登録されたものであり、代表的なモノで2種類の信玄餅が存在するのだ。(金精軒=信玄餅 桔梗屋=桔梗信玄餅)よって、通常信玄餅と言われるのは金精軒の方で、桔梗信玄餅はあくまで『桔梗』信玄餅と、頭に『桔梗』が付くので間違いの無い様。

ところで、
先頃エントリーしたブルボン・ルマンドなども典型的な例なのだが、自社商品が業界のスタンダードに成長したはいいが、長年同じモノを造り続けているとさすがに消費者にも飽きられる。もちろん造る側もそうだ。したがって、商売上機会を見計らって、どちらにもカンフル剤になるようにプレミアム感を打ち出したハイグレードなタイプを販売する場合が少なくない。
「オリジナルを超えるのはオリジナルのみ。」という基本概念を念頭に、商品のイメージを壊さずに、より高級感を出すのは意外に難産で、どれも試行錯誤の跡が見て取れるのだが、個人的に失敗しているケースが少なくないと感じる。・・いや、実際失敗しているかどうかと言うのは末端の消費者にはわからないのだが、その商品を食した感じでは、「何か違う・・。」という風に感じてしまうのだ。
また、オリジナルをいじりすぎて全く違う味や商品になってしまう場合がある。

桔梗信玄餅も同様で、ハイグレード版であるこの『吟造り』が生まれた背景も社長の高い志から事は始まったようだ。

まぁ、前置きはこのぐらいにして、まずこの信玄餅吟造りを見ていくことにしよう。
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まず、外見からして結構違う。(ノーマルとの比較ができなくてすいません。)
ノーマルの信玄餅は包みがもろにビニールであることに対し、吟造りは和紙のような包み紙に包まれる。見た目まず高級感がある。ノーマルの桔梗信玄餅もお土産としては1個1個丁寧に手で包装されていてそれなりに高級感があるのだが、ビジュアル的な出で立ちは遙かにこの吟造りに軍配が上がる。
ノーマルとの主な違いはこちら。
●餅の素材が厳選された米から作られている。
●きな粉が京都丹波種の黒大豆きな粉を使用し、薫り高く煎る極上品。
●ノーマルの信玄餅の黒蜜ベースに国産アカシアの蜂蜜をプラスして蜜の甘みをマイルドに調整。

など・・。ノーマルとは結構違う。
細かいところでは、
●お餅を食べるクシが違う。
●包むのはベテラン従業員

など、とにかく全体的に細かくグレードアップしている。
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では、早速中を拝見。
包みを取ると意外にも容器自体は一緒のようだ。が、やはり蜜ときな粉のノーマルとの色の違いが目立つ。蜜はノーマルに比べ明らかに色が薄く、きな粉は逆に濃い。これは、前述したアカシアの蜂蜜をブレンドしたせいと、黒豆から造ったきな粉を使用しているためで、特にきな粉はくろい点々が見た目にもよくわかる。
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この蜜を光に翳してみるとわかるが、ノーマルとはまるで違う。琥珀色をしていて見た目はメープルシロップのようだ。
ノーマルは黒く如何にも「蜜」という感じであったが、吟造りはご覧の通り。これは美味しそうだ。
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そして蓋を開けると、最初に感じるのが・・きな粉の風味が凄い!これは、明らかにノーマルとは違う。
信玄餅を食べるとき、大概の人は容器に入ったままの状態で食べると思うのだが、皿に盛ってみた。
改めて器に出すとこんな感じなんですね。餅自体は完全な四角ではなく、限りなく三角に近い四角。

で、実際に食べてみると・・・おおっ、やわらかい。そして、美味い!
・・これは桔梗信玄餅であって、そうでは無い。(笑)
完全に別物。似て非なるモノだ。
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餅は柔らかくほのかな甘み。きな粉は風味抜群で美味い。蜜の甘さはキツくなく、マイルドで全部掛けても美味しくいただける。まさに看板通り。これこそ正統進化の見本とも言えるべき商品ではなかろうか。

全体のコンセプトを頑なに守りつつ、いわば桔梗信玄餅のプチ・モデファイとでもいおうか。それでいて完全に別物に仕上がっている。
価格にしてもノーマルの150円に対し197円とそれほどの差は無い。いや、むしろ、安い。・・ただ、これを1個で購入する人はなかなかいないだろうから、8個入りにしても400円程度の差となる。これをどう見るか。
でも、この程度の差なら絶対に吟造りだろう。味には値段以上の差があると感じる。

ハイグレード版やプレミアム版などと名の付くモノの多くは入手が困難だったりする。それは場合によっては当然だとも言えるのだが、この吟造りはノーマルより入手はやや難しいが、売り切れ続出で何ヶ月も店頭に並ばない・・なんてことはないようだ。ちなみにこれは中央自動車道談合坂SAで購入したものであるとのことだ。やや値段が高い分少数入り(8個入りとか)の方が売れているようだ。インターネットでも意外に置いてある。入手はそれほど難しくは無い。
この吟造りで最も注意しなければならないのが日持ちだ。この吟造りの日持ちはノーマルの約半分。つまり、5日程度しか持たないので、大事に取っておかずに速攻で食べるのが望ましい。

信玄餅といえば、圧倒的に桔梗屋のイメージがあるが、金精軒にも実はハイグレード版『極上生信玄餅』というのがあり、こちらも負けず劣らず美味しいと評判だ。また未食だがこちらも美味しそうだ。

似て非なる桔梗信玄餅。お土産に頂けたらラッキー。(笑)
一度お試しあれ。
プロフィール

Author:Kazz
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Kazz zzak(+あい。)へようこそ。
Kazz zzaK(+愛・逢・遇・合・・・ etc)
あい。は、人それぞれ。

英語で i は自分ということ。

Kazz zzak(+i)

色々な「あい。」と自分をプラスして
Kazz zzak+i=「Kazz zzaKi」

「カズ雑記」

身の回りの好きなこと。好きなモノ。
関心のある事。
写真と共に何でも書いていきます。

気に入ったらまた遊びに来てください。

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ただ、メールで個別に対応することは時間的にも余程のことが無い限りできませんので
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