あなたは「超」を何個付ける?三井記念美術館『超絶技巧!明治工芸の粋』は、必見だ! 其の後編 ふたりのNAMIKAWA

06 30, 2014
超絶後編扉3
さて、
CG奮発して後編へ。
現在三井記念美術館で開催されている「超絶技巧!明治工芸の粋」(2014年7月13日まで)前回は謎の牙彫師 安藤 緑山を取り上げたが、今回は個人的に気になった二人の天才をエントリーしようと思う。
その二人とは、並河靖之 濤川惣助(なみかわやすゆき なみかわそうすけ)二人のNAMIKAWAである。
七宝界で伝説的なこの二人について知らない方はいないと思うし、超がつくほど有名なのですが、ごく一般的な知名度からいえば、そう高くないと思う。実際、自分の周りでこの二人を知っている人はいなかったので熱く語ろうにも語れない。(笑)
作品の殆どが海外に買われたため見るにも一苦労だし、常設では今回の特別展に大貢献されている清水三年坂美術館を始め、本家の並河 靖之七宝美術館(京都)以外には見つけるのがなかなか難しい。嬉しいことに近年再評価という形でマスコミなどに取り上げられるようになったが、まだまだ気軽にというわけにはいかないのが悲しい。
故に、ふたりのNAMIKAWA作品に限らず、超絶オールスターズとも言うべき作品が一堂に集まる今回の特別展はいうまでもなく貴重な機会であるのだ。

明治維新後、こうした工芸品が当時急速に近代化が進む日本の外貨稼ぎに一役も二役も買っていたことは知られているが、改めて見なくてもこれが売れないわけが無い。後に並河 靖之の妻が語った、(最盛期には)「申し訳ないほど儲かった。」といった台詞がそれを象徴している。
並河作品の値段がいったいどれくらいか?という具体的な良い目安がある。自分の知る限り一度だけテレビ東京系の「なんでも鑑定団」に並河 靖之の小さな花瓶が二点出たことがあったが、その時の鑑定額は二点で270万円だった。(120万円と150万円)
そんなわけだから、その評価は海外において絶大で、オークションなどでも日本の工芸品はとんでもない高値で取引されたという。中でも並河靖之の作品は、そのあまりの出来映えに有力な参加者達が箱の中身も見ずに落札したと言う逸話が残っているぐらいだ。まぁ、これは極端な話しだけれども、それぐらい凄かったと言うことだ。
ともあれ、日本の超絶技巧が海外を席巻したことは嬉しいことだが、時代が急ぎすぎて作品ばかりに焦点が当てられ制作者についてはそれ程関心が無かった時代だと言えるのかもしれない。当の本人をいつの間にか忘れてしまったことを含めそうした意味では、時代がひと巡りし、「NAMIKAWA」が、ようやく「なみかわ」になったのかな、と思います。
namikawa kazaritubo2
七宝界の頂点へ
唐突だが、七宝の言葉の由来。
まず、七宝とは、七つの宝として存在する、「金・銀・真珠・瑠璃・蝦蛄(シャコ)・瑪瑙(メノウ)・まいえ(ルビーの一種)」(諸説有り)だといわれています。
そして、それら七つの宝に勝るとも劣らない宝の意味も込めて「七宝(焼き)」ということでしょう。
七宝焼きは、元となる作品に下絵を描き、金や銀などの細い線(植線)をその下絵に沿って貼っていき、完全に囲ってしまいます。そこに色とりどりの釉薬を流し込み焼いていきます。焼き上がったら今度はその作品を丁寧に研磨し、ピカピカに仕上げます。極めて手間の掛かる技術です。
七宝の歴史は古く、その起源は必ずしも明確ではありませんが、有名どころとしては、古代エジプトのツタンカーメンのマスクの一部を飾ったものなどがあげられます。
日本で最も有名な古い七宝といえば、奈良時代の正倉院にある「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡」でしょう。正倉院展などで公開はされているのですが、本物を見たことはありません。今回のエントリーとなる七宝焼きの手法とは違いますが、奈良時代にあそこまで凄い工芸品があることが驚きです。

ふたりのNAMIKAWAは共にほぼ同世代の七宝家。
並河 靖之は1845年京都生まれ、濤川 惣助は1847年(現在の)千葉県生まれ。後にふたりは東の並河・西の濤川 と呼ばれライバル関係を築く。
並河 靖之は長き歴史を持つ七宝界の頂点を極め、濤川 惣助は従来の基本形であった有線七宝から技法を革新、無線七宝という独自の技法をあみ出し、その頂点を極めた。厳密に言えば技法は違えど同じ七宝界の頂点に君臨する二人の巨人。現在の人間国宝にあたる帝室技芸員七宝界ではこのふたりだけ。
奇しくも、時代は同じ時期にふたりの天才を世に送り出したといえます。
蝶図瓢形花瓶
並河 靖之という男
並河 靖之は1845年武士の子として京都に生まれ、10才で宮家に使える並河家の養子となり、自らも青蓮院の宮に仕えます。
感受性が豊かな幼少をこうした場所で過ごすことで知らず知らずのうちに本物を見る力を養ったのだろうか。
後の作品を見るとケバケバしい派手さは無く、庭から見た日常の多彩な色を基本に、花鳥、昆虫など細部にこそ拘りを強くおき、それでいて繊細で端麗、気品ある作品としての調和に溢れている。
screenshot_1209.jpg
【京都 青蓮院門跡】

時代は移り明治になると武士の身分は無くなり、日本は新たに動き出した。並河 靖之もそれまでの生活から人生を模索する時期に入りました。
並河23才の頃、日本は外貨稼ぎのため工芸品作りを奨励します。時を同じくして有線七宝の技術が確立し、それが花瓶などに応用され工芸品として多く造りだされるようになりました。並河 靖之もこれに人生の活路を見いだし、未知である七宝の世界に飛び込んでいきます。
幼き頃から培った素養と才能、そして努力は一気に開花し、数年後の国内展覧会に出品した作品が入選します。程なく当時の日本では少なかった多色釉薬が外国により科学的に造り出されたことにより七宝の世界は遙かに飛躍を見せます。並河も研究とその釉薬から自分の色を造りだし、より一層自分らしい作品を確立する時代へと入っていきます。
同じ頃、世界的な万国博覧会ブームに日本は自国の工芸品を大いに売り込みます。それらの高い技術に世界は驚嘆し、日本の工芸品は受け入れられます。そこで、外国で受けるようなデザインを七宝家に指示し、造らせます。また、七宝に限らずクオリティーの高い日本の工芸品は右から左に売れていくので、手間の掛かる作品が間に合わず、ある程度妥協して造らざるを得ない状況下にもあったそうです。
ただ、並河 靖之はこういった国策に大いに反故し、自らのポリシーを曲げることは絶対にありませんでした。
それどころか、更なる研究を重ね、後に並河しか出せない色、「並河の黒」黒色透明釉を完成させます。
並河は優しい男であったが、頑なに自分の作品を守り、造り続けたと言われています。

ところで、
今回の展示会で大きくフィーチャーされているのは安藤 緑山の「竹の子、梅」だろう。マスコミの取り上げ方もそうだが、これだけの作品群で唯一の単独展示であることからもそれがわかる。
「竹の子、梅」も素晴らしくて言葉が出ないが、個人的にもっとも印象に残ったのが冒頭の写真にある並河 靖之の「花文飾り壺」だった。今回の特別展で一番最初に目にする作品だ。吸い込まれそうな闇を思わせる立体感のある漆黒、後に並河の代名詞になった「並河の黒」ベースに紫と白い藤が胴を司る色とりどりの菊に飾られ華やかで大変細密な小型の壺である。これを最初に見たときに圧倒され、個人的な目玉であった「竹の子、梅」はちょっと脳裏から飛んだ。(笑)それぐらいインパクトのある作品だった。これは「竹の子、梅」を見た後でも変わらない。
並河作品には薩摩焼のような大型の壺などはない。小型のものが多く、「小さくて細工が緻密」というのが並河 の真骨頂だ。
考えれば当たり前だ。
ただでさえ製作に時間と労力がかかる七宝作品の中にあって、その植線(下絵の囲い)細密さと彩色の手間を考えれば作品の製作期間たるやそれ相応の時間が必要であることは想像に難しくない。比較的大型の並河作品でその時間は約1000日が必要だったとも言われている。大型の作品は時間と労力が掛かりすぎるし、並河の好みに合わなかったのかもしれない。
桜蝶図平皿
並河は七宝製作が軌道に乗ってからもその手を休めること無く作品を造り続けたという。
職人もかなり雇っていたそうだが、事実上の後継者は無く、物価高や人件費高騰、後のオートメーション化で高品質な輸出品が簡単にできる時代になり、手間の掛かりすぎる並河七宝は次第に時代の波に呑まれていった。
気がついた頃にはその作品は殆ど海外に買われていることになり、帝室技芸員の作品を自国で守れなかった当時の環境は、並河 靖之を幻の七宝家とまで言わしめた。
並河 靖之は昭和2年、83才でその激動の生涯を閉じた。
藤図花瓶
濤川 惣助という男
冒頭にも記したが、もうひとりのNAMIKAWA、濤川 惣助は七宝界の巨人で有りながらその世界に革新をもたらせたパイオニアである。その革新的な技術こそが無線七宝である。
無線七宝とは早い話、色を流し込むための植線(下絵の囲い)をある段階で抜いてしまう技術である。これにより境界である輪郭がぼやけ、良い具合に隣色同士が混ざり合う。
有線七宝が輪郭線を伴いどちらかというと「カチッと」固いイメージがあるが、無線七宝の柔らかさは一目瞭然でどちらかと言えば絵画的な印象がある。それも、日本画のような。また、線が無い故、空間的な広がりが自由に感じるのが無線七宝。好き嫌いは分かれるだろうが、どちらも甲乙つけがたい。
自分も始めは圧倒的に有線七宝である並河 靖之の方が好みであったが、熟見すると無線七宝の濤川 惣助の作品も渋さという点では一枚も二枚も上に感じるようになった。
この濤川 惣助の無線七宝の技術は当然のことながら並河 靖之にも入っていたが、並河 靖之は、「線の美しさこそがあってこそ七宝である。」と自らが無線七宝を試すことはなかったという。
ayame zusawa
濤川 惣助は18歳になると上京し、鰻屋などで奉公しながら懸命に働いたそうだ。その働きぶりが認められ有名な酒屋の養子となり、明治維新で外国との交流が盛んになるとその酒屋を後継に譲り、自らは陶磁器の貿易商となった。
一方で、国は急速に近代化を進めその財源に万国博覧会と工芸品を利用する。
濤川 惣助はその後、明治10年に東京で行われた第1回内国勧業博覧会(政府主催)に七宝と運命的な出会いし、「これこそが俺の生きる道だ」といわんばかりに、七宝の世界に飛び込むことになった。それが濤川 惣助30歳の時であった。
それ以降、濤川 惣助は周りに「狂人」と陰口を叩かれるほどの執念を見せ、作品作りにや釉薬の研究に没頭、ついに無線七宝を完成させ帝室技芸員にまで登り詰めた。

こんな素晴らしい濤川 惣助の作品を見るのは並河 靖之の作品以上に苦労する。
常設では前出の清水三年坂美術館以外ではちょっと見当たらない。以前テレビみたときも取材に行っているのは個人のコレクターだったし、数は並河以上に少ないのだろうか。
zujizukabinn2.jpg
今回の展示品にも濤川 惣助はそれほど多くはなかった。その数は僅か四点しかない。いや、四点も、というべきか。その中で最も大型の作品が写真上の藤図花瓶である。見ても分かるように並河 靖之の作品とはまったくもって対照的である。植線を抜くことによって得られる柔らかさなラインは絵柄を主張し過ぎず、かといって決して弱いだけでは無く、ベースの作品と同化し昇華する独特の雰囲気を醸し出す。これは濤川 惣助のみが為し得た技術の結晶である。

並河 靖之 VS 濤川 惣助 ライバル心が磨いた超絶技巧の更なる高み
以前NHKBSで放送された「極上 美の饗宴」で並河 靖之と濤川 惣助が特集されたが、このふたりは西の並河・東の濤川といわれる最高峰同士のライバルだ。

濤川 惣助の最高傑作といえば赤坂迎賓館(赤坂離宮) 花鳥の間の「七宝花鳥図三十額」こそが相応しい。自分はこの作品を見たことがないのだが、場所が場所だけにおいそれとは見に行けない。
少し話しは横道にそれるが、この赤坂迎賓館(赤坂離宮)は国内で2棟しかない近代国宝建築のひとつである。
今年は締め切ったのだが、この赤坂迎賓館は近年一年に一度抽選により内部が公開されている。もちろんこの濤川 惣助の「七宝花鳥図三十額」が飾られる花鳥の間にも入ることが出来るはずだ。今年は自分も応募したので是非とも当たって欲しい。(発表は7月)当たれば当然ながら当ブログでエントリーすることになるだろう。

ひとりの芸術家が持てる全てを出し切って造った魂の傑作。この制作には大変なプレッシャーと労力があったと聞く。まさに、「命を削りながら」という言葉が相応しい濤川渾身の作品と言われる。その道の頂点に立つ人間が更なる高みを目指して努力を惜しまない。これを超絶技巧と言わずして何を超絶技巧というのか。そこにあるのは、小手先だけの技術だけではなく、まさに魂。それこそが超絶技巧の本当の意味なのだと思う。

この「七宝花鳥図三十額」創作には興味深い裏話があって、当時迎賓館の室内装飾を任された黒田清輝は、花鳥の間(当時はそう呼んでない)の装飾に4人、2チームをピックアップします。
それが、荒木 寛畝(下絵)・並河 靖之(七宝制作)と、渡辺 省亭(下絵)・濤川 惣助(七宝制作)であったそうです。
実際コンペ的に完成作品自体を競わせというわけではないようなのですが、事実上、並河 靖之 VS 濤川 惣助 夢の対決の構図は出来ていたそうです。最終的には室内の雰囲気にマッチした濤川 惣助が選ばれたということですが、この話しには思わず溜息が出ますね。どちらが選ばれても素晴らしい作品であることは間違いありませんが、できるなら並河 靖之の作品も同時に製作し、優劣つけることなく両作品が迎賓館に飾られたら凄かっただろうな、と思うのは自分だけではないはずです。
screenshot_1436のコピー
芸術とは時に執念。培う技術も勿論だが、それは己と対峙する執念があってこそのもの。幾度となく失敗を重ね執念で完成させたものなのだ。
木を見て森を見ず。
時に時代は残酷で、これらの作品が多くの場合単に外貨稼ぎの工芸品として扱われたとしたら罪なことだろう。並河 靖之なども徒に外貨を稼ぐための作品作り、時間的に猶予を与えられずクオリティの低い100%に及ばない自らの作品を差し出すことに強く心を痛めたそうだ。
並河 靖之、濤川 惣助ともにこの世にはもういない。そして、超絶技巧と称された作品は本当に数が少なく、再現不可能とされたその技術は事実上消滅した。それが時代によって潰されたのか、潰れるべくして無くなったのか、それはよくわからない。わかっているのは、誰しもが望んだものではない、ということだ。
当時の事情はどうあれ、これだけの技術が後世に受け継がれなかったのが悔しくて仕方がない。
ただ、我々にとって幸運だったのは、彼らの作品が決して「ゼロ」ではないことだ。
平成の今日、作品を目の当たりにしたこれらを遠く知らない世代の感性は、「超絶技巧」という名をもって驚嘆と共に迎え入れた。いつか、第二の「なみかわ」が誕生する日が来るかもしれない。

完成した作品こそ、己の魂であり、全てである。
これが帝室技芸員である並河 靖之、濤川 惣助だけでなく、超絶技巧を持つ芸術家達の物言わぬ「逆襲」であり、我々は深い感銘と共に見事にそれを食らっているのだ。



「超絶技巧!明治工芸の粋」其の後編、もう少し・・・の予定。

06 23, 2014
screenshot_1405.jpg
さて、
「超絶技巧!明治工芸の粋」其の後編のエントリーを行う予定だったのですが、CGの方に拘りすぎてまだ出来ないでいます。(笑)
そして、この特別展は7月13日(日)までなのですが、是非もう一度いってみたいと思い、より深く鑑賞するために美術館などにかかせない、ある秘密兵器を本日購入しました。
大したもんじゃ無いんですけどね。これについても後編に続けてエントリーする予定なのでお楽しみに。
けれど調べれば調べるほど明治工芸は奥が深く面白いですね。テレビでも近年色々と取り上げられたらしいのですが、テレビを殆ど見ないためことごとく見逃しています。(泣)少し確認するようにしないといけないな・・・。
とりあえず頑張って造り、書いておりますので、今しばらくお待ちを。

あなたは「超」を何個付ける?三井記念美術館『超絶技巧!明治工芸の粋』は、必見だ! 其の前編 謎の牙彫師 安藤 緑山

06 13, 2014
超絶技巧扉11

さて…。
扉一枚のためにCGを造ったぞ。(笑)(並河靖之 桜蝶図平皿)

日本のものづくりが改めて評価される今日。怒濤の進撃を見せるのが明治工芸。所謂「ものづくり日本」の原点とも言えるべき明治工芸がここ数年かなりクローズアップされている。
当ブログでも過去、年にして2〜3の美術館エントリーを行ったことがあるが、今回その中でもかなり印象に残る特別展に行ってきた。
それが、現在三井記念美術館で開催されている『超絶技巧!明治工芸の粋』だ。(2014年4月19日〜7月13日)
超絶技巧と言う言葉は聞き慣れないが、その名の通り工芸家が持つ大凡人間業とは思えない超人的なテクニックを称してこう呼ぶのだ。

時代は明治。
武家社会の終焉により行き場を失った各藩お抱えの工芸師達は、後に日本が工業大国と呼ばれる先駆けとも言える万国博覧会輸出にその活路を見いだした。世界的な万国博覧会ブームもあり、日本も明治6年のウィーン万博に初参加、そこに並べられた日本が誇る美しい工芸品の数々は来場者の度肝を抜き、世界を震撼させた。日本工芸のレベルの高さを世に知らしめ、工芸(輸出品+α)としての国力を確立した。
明治工芸はもともと「知る人ぞ知る」的なところがあり、日本よりも寧ろ海外での高い評価で今日に至る。
逆に日本ではあくまで工芸品(単なる輸出品)の粋を脱せず恐ろしいほどその評価は低かった。ある意味十把一絡げ的なところがあり、酷い扱いだった。しかし近年、そうした長い不遇の時代を経て再評価、一般的にも広く知られるようになり、ここ十数年で爆発的なブームの兆しを見せてきた。
その先駆けともなったのが京都にある「清水三年坂美術館」の館長でもある村田理如氏のコレクション。通称「村田コレクション」今回はそれを惜しげもなく一挙公開している。
この特別展は現代では再現不可能とまで言われたそれら「超絶技巧」をもってして造られた作品が一堂に集う大注目の特別展である。

明治工芸と言えば、日本で常設展として明治工芸を展示している美術館は数えるほどだろう。当ブログでも以前横浜にある眞葛ミュージアム・宮川香山をエントリーしたが、今回の特別展はその数と種類からしても規模が違う。
ざっと見ただけでも、安藤緑山、並河靖之、正阿弥勝義・・・おおっ、凄い、これだけの作品を一堂に集めたのは初めてではなかろうか。
知ってる人は知っている。知らない人は全く知らない。稀代のスーパースターの競演・・・いやぁ、驚演といっていいのではないだろうか。

・・・とはいいつつも、正直に白状する。
作品は知っていても作者の経歴までそれほど詳しいわけじゃない。だからこそ今回の特別展を楽しみにしていたのだ。

ところで、
明治工芸の中でも数々の分野があり、今回はその展示が七宝、金工、自在、自在、印籠、牙彫、刀装具、薩摩、漆工、刺繍絵画に分かれている。どれひとつとっても見応え満点で時間を忘れるくらいだ。
それらの作品に大感動しつつエントリーを行っているのだが、書き始めてしばらくもしないうちに長くなりそうな予感。
今回は個人的に特に気になった作品と作者にポイントを絞り前編・後編に分け、エントリーを進めていくことにしよう。
では、早速。
まずはその素性の全てが謎に包まれている牙彫師、「安藤緑山」(あんどう ろくざん)だ。
安藤扉8
【安藤緑山先生に敬意を表し素朴なCGを造ってみた。先生の蜜柑のようには・・(笑)】

丁度一年前ぐらいだっただろうか。
テレビ東京系の美術番組「美の巨人たち」で安藤緑山を取り上げたことがあった。自分は偶然この回を見たのだが、思わず用事の手を止めて番組を見入ってしまった。
もちろんその時には安藤緑山の「あ」の字も知らず、何の先入観も持たないでその番組を見ていたのだが、今にして思えば安藤緑山を大々的にテレビで取り上げたのはこの番組が最初だったのではないかと思う。
その際大きく取り上げていたのが今回にも展示されている「竹の子、梅」だった。
この「竹の子、梅」はどこかで見た気がしたが、それが安藤緑山という作家のものだということはこの番組を通して知った。

自分も知らぬが、世間的にも安藤緑山についてはほとんど知られていないという。
また、作品も現在わかっている段階ではそれ程多くない。
弟子も取らず、その技法にしても謎のヴェールに包まれたまま。
そんな中、安藤作品は我々に黙して雄弁に語るのだが、今回の展示会には先述の「竹の子、梅」を始め、柿や茄子・・・といった彼の代表作が並べられている。作品はシンプルな野菜、果物、昆虫、などが主で比較的シンプルな身の回りのモチーフが多い。
言い換えれば、少々「地味」だ。
安藤緑山という人物像についてはわからないことだらけだが、こうした作品を造り続けてきたスタンスからプロファイリングができるのではないだろうか。
完全主義者、孤独、独占欲、秘密主義、探求者、観察眼、努力家、頑固、負けず嫌い・・・安藤作品から連想されるワードをたぐり寄せていくと、朧気ではあるが何となく安藤緑山という人間がわかるような気がする。
ando takenoko
今回初めて安藤緑山の作品を生で見たのだが、やはり「竹の子、梅」に視線を奪われた。安藤作品の中ではこの作品のみ単独展示である。
全長は37センチで安藤作品の中では大きい作品だ。竹の子がそそり立つように置かれ、傍には絶妙に置かれた梅の実が3個ほど置いてある。この梅があるからこそ倒れないでいる。感想は月並みだが、やはり驚嘆に値するほどリアルで、細部まで非常に丁寧に彫り込まれている。
・・・と、思う。
と、思う。とはどういうことか。
・・・情けないことにこの作品を見て自分は逆に思い知らされた。
どれだけ「竹の子」というものを知っているのだろうと。
これは何も安藤作品に限った話しではないが、とりわけ安藤作品の真骨頂は素朴な身の回りのモチーフをいかにリアルに造り上げるかというところにある。故にこれらの作品の神髄を楽しむためにはそれらの「元」となる「本物」を知っているということが大前提なのだ。
つまり、何が言いたいのかというと、例えば、竹の子を知らない人間がこれを見ても、「すげえ」とか、「リアルだなぁ」で、終わってしまう。もちろん作品の楽しみ方としては間違っていないし、鑑賞の仕方は個人の自由だが、そこから一歩踏み込んで、「竹の子のこんなところまで牙彫で再現しているのか!」と感嘆、感動するためには、その元となる「本物」をどれだけ知っているかによる。
そういう意味で、自分は竹の子を知らなさすぎた。(泣)
本来なら、「竹の子、梅」の竹の子は採れたて瑞々しい竹の子そのものと言っても良いぐらいで、その根の綺麗なピンク色まで再現されている。・・・と、感動するはずだったのだが、採れたての竹の子を知らないため感動できない。
この作品は、竹の子を知っている人が、より楽しめた。いや、この作品に限らず本物をより知らなければならないことは、すべての安藤作品を前に言えることではないだろうか。
自分のようなレベルでは安藤緑山が極めようとした世界は到底わからないだろうし、それ以前の問題だった。
「へぇー、本物ってこうなってたんだ。」
・・・逆だ。この作品から本物を学ぶようでは、それこそ本末転倒だと思うし、安藤緑山もあの世で苦笑いだろう。

「お前さんには、わかるまい。」
圧倒的な技術の前に、何となく安藤緑山にそう言われているようでこの作品を100%味わえなかったというのが本音だ。モチーフこそ身近だが、レベルが高すぎてとてもじゃないが気楽に見られるような作品には思えなかった。
この作品に出会わなければそれこそ竹の子ひとつでここまで落ち込むことは無かっただろうし、圧倒された。
まぁ、考えれば、竹の子なんてせいぜい調理されたものが食卓に並ぶだけで、採れたての瑞々しい竹の子なんて意識して感じたことがない。そもそも竹の子を見て感動することが無いだろう。だが、それを模して造った作品には大いに感動する。この違いは何か?それは、限りなく本物に近く造ろうと試行錯誤する作り手の技術や努力、妥協を許さない芸術家としての精神に感動するのだ。肩の力を抜き、感覚的に「凄いなぁ」と思うことは時に必要で悪くは無いが、それはあくまで見る側の人間の勝手な意識。多分、安藤緑山自身は他人の評価など考えていないし、必要も無いのだろう。
あるとすれば、、己の全てを尽くして造った作品が、納得のいくものであるか、そうでないか、それしかないだろう。
超絶技巧とは、作品を通して感じる作者の圧倒的な気(オーラ)そのものではないだろうか。
ando kaki1
くり返すが、謎の超絶牙彫師 安藤緑山については殆どのことがわかっていない。
この、わかっていないレベルはかなりのもので、まさかの生没年にまで及ぶ。一応略歴上は1885年頃に東京(府)に生まれ青年期(?)に現東京都台東区に居住していた記録が僅かに残っているようだ。没年は1955年。年代からすると作品的にどこかにもう少し残っていても不思議ではない。
今回の展覧会の図録には、安藤緑山について不明としながらもかなり突っ込んで調査した記録がある。これを見ると行方が分からない作品を含め●可能な限り分かっていることを少し整理してみよう

●家族構成は不明
●生没年月日は1885年(明治18年)頃〜1955年(昭和30年)頃
●本名は安藤緑山ではなく、萬蔵(号は萬象、萬像を使用)
●1910年(明治43年)、1920・21年(大正9年、同11年)の東京彫工会会員役員人名録から、この時期に現東京都台東区台東三丁目・四丁目あたりに居住していた。
●師匠は浅草小島町に居住する大谷光利なる人物
●作品には銘が併記されるものもあり、その人物は金田兼次郎(かねだけんじろう1847-1914)牙彫家・牙彫商


※図録 超絶技巧!明治工芸の粋 安藤緑山の牙彫ー研究序説として 小林祐子 から引用して要約。

と、ザッとではあるが、基本的にはこのぐらいのことしかわかってはいない。
作品については現在日本にある安藤緑山作品のうちの半分以上が展示されている。また、三井記念美術館でも2点の安藤作品を所蔵しているが、今回それらは展示されていない。
ando kabu
安藤作品で最も驚かされるのが、その細密な技術は元より、これまで地色一辺倒であった牙彫に極めてリアルな彩色を用いたことだと言われている。
自分のような素人がいうのも何だが、安藤緑山の作品に派手さは無い。どちらかというと地味・・いや、素朴なテーマで作品を造り続けていたが、やはりこの彩色無くしては安藤作品とはいえない。仮にこれに色が付いていなかったとしたらどうだろうか。更に素朴になっただろう。(笑)
確かに実際に作品を見ると造形もさることながら彩色が特に素晴らしいと感じた。これを言葉で伝えるのは難しい。テレビや写真では無く「生」の感覚を味わってみて欲しいとしかいいようがない。色の感じでは個人的に「柿」が非常に良かった。
作品的な技法もさることながら安藤緑山の彩色技法につては更に分からない部分が多いそうだ。
その点について今回特別展で入手した図録の中には彩色技術を含めた謎を解明すべく科学的な側面から検証した詳しい解説がある。X線を使用した透過画像や、どういった顔料などを使用しているか、など。でも、ちょっと素人には難しい。結論から言うと、マイクロファイバースコープや化学分析によるアプローチをもってしても安藤作品の詳細は分からないレベルなのだ。
これぞ、超絶技巧といえるだろう。

総じて安藤作品に感じる個人的な感想は、ただ、作品を売らんが為に造っているわけでは無く、行き着くところは単純な「牙彫を通してどれだけ本物に近づけられるか」という究極の追求だったのではないか。牙彫の超絶な技術にしても人に教えること無く自分一代で終わることを本望とすることならば、それはもう自分自身を納得させるための芸術という名の孤独な戦いでしかない。

もしかしたら、それが、安藤緑山という男の本質だったのかもしれない。(後編へつづく)



「超絶技巧!明治工芸の粋」は、粋だっ!

06 05, 2014
namikawa2.jpg
並河靖之 桜蝶図平皿(CG)

三井記念美術館「超絶技巧!明治工芸の粋」を見に行きまして、感動。
早速、並河靖之「桜蝶図絵皿」をCG化。
詳しくは、多分(笑)、COMING SOON.

プロフィール

Author:Kazz
Welcome to my blog

Kazz zzak(+あい。)へようこそ。
Kazz zzaK(+愛・逢・遇・合・・・ etc)
あい。は、人それぞれ。

英語で i は自分ということ。

Kazz zzak(+i)

色々な「あい。」と自分をプラスして
Kazz zzak+i=「Kazz zzaKi」

「カズ雑記」

身の回りの好きなこと。好きなモノ。
関心のある事。
写真と共に何でも書いていきます。

気に入ったらまた遊びに来てください。

尚、このブログ内全ての文章・写真には著作権があります。販売も行っておりますので
無断で使用・転載する行為を固く禁じます。

コメントは基本的に悪質で無いものは承認する方向です。
ただ、メールで個別に対応することは時間的にも余程のことが無い限りできませんので
コメント通してすることになります。宜しくお願いします。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター