年末恒例 Kazz zzaK(+あい。)2016年 今年行った名建築ベスト3

12 29, 2016
名建築扉2016
【世界遺産・韮山反射炉(静岡)】

さて、
2016年、今年もそろそろ終わります。
というわけで、今年最後のエントリーは、恒例となったKazz zzaK(+あい。)今年行った名建築ベスト3をエントリーします。
「名建築ベスト3」この企画を始めた際は「建築」に限って発表してたんですけど、ちょっとネタも無くなってきたんで(笑)、近年は、名所とか観光地とか、はたまた近所で気がつかなかった場所とか、その辺はザックリとランキングしていきたいと思っております、ハイ。
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【国宝二月堂(奈良)】
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【国宝 円成寺 春日堂 白山堂(奈良)】
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【般若寺(奈良)】
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【伊勢神宮(三重)】
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【名勝 龍潭寺 庭園】2017年大河ドラマおんな城主直虎 井伊直虎菩提寺(静岡)
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【国宝 法界寺 阿弥陀堂(京都)】
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【重要文化財 石上神宮 楼門(奈良)】
去年は行ったところが少なすぎて、見返してみると主だったところは殆ど紹介してました。(笑)
今年は去年と比較すると結構行った方です。本エントリーではなかなか紹介できない量であり、写真だけでも少し載せていきます。
どこも印象深い場所であり、当たり前ながら「日本は広く、美しいなぁ」と感じます。
それでは、早速行ってみましょう。

【2016年・第3位】
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これだけで分かったら結構な五重塔マニア?
こちらは未エントリー。訪れた日は、少し、というか、かなり曇っており、撮れ高的には低かったんですけど、場所は素晴らしかったです。
第3位は、京都の海住山寺
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【海住山寺・国宝 五重塔(京都)】
かなり行きづらい場所にあるというか、結構な坂を登っていきます。最寄りのバス停から30分ぐらいはあるんじゃないかなと思いますけど、たどり着いたらそこには美しい五重塔が待ってます。
裳階付きで高さ17mというのは、野外にある国宝五重塔としては二番目の高さ。(一番小さいのは室生寺)
境内もこじんまりしており然程広くはありません。高台にあるコンパクトなお寺、という感じ。
五重塔は美しく、思わず、「おっ」と声が出てしまいましたね。
奈良好きの友人に聞いてもここには行ったことがないという人が結構居ます。やはりアクセスがちょっと悪いからですかね。でも、ほんと、一日掛けて行く価値はあります。

【2016年・第2位】
第2位はここ。岐阜県高山市の国宝・安国寺経蔵。
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【国宝 安国寺経蔵(岐阜)】
ここは写真のように紅葉最盛期に行ったんですが、そのコントラストもあってか非常に印象に残っています。
建物は禅宗様建築の流れをくみ、かなり簡素ですが、その内部が素晴らしい。
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経蔵というと、お経をしまう蔵なんですが、そのお経を収めている内部の八角輪蔵、これが一見の価値あり。
輪蔵については改めて説明の必要もないと思いますけど、要は、この八角輪蔵を一回りさせることにより、そこに納めてあるそれらのありがたい経本を全部読んだことになるという、ある意味ちょっとチートなもの。
でも、係の方から説明があったんですけど、これら経本は600年の間一度も虫干ししていないそうです。獣害や自然的な経年にも影響を受けたと思いますが、それでいて、現在でもしっかり読めると言うから驚き以外のなにものでもありません。内部はまだ彩色も残っているし、とにかく驚くことで一杯でした。
よって、ここ安国寺は内部を見ないと観光としての価値は半減するでしょう。尚、ここ安国寺経蔵の内部を見るのは予約が必要ですので注意が必要です。

【2016年・第1位】
そして、堂々の第1位は、
もう、断トツでここ、長野県の飯田市下栗の里。
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ギリギリまで行こうか、どうしようか迷ってた場所。
何故かというと、ここで雲海を見るためには朝早い時間帯に訪れる必要があったこと。東京〜長野の飯田はそれほど遠いわけじゃ無いにも拘わらず真夜中に出発する必要があったからだ。でも、結局大人気になる前にと。
下栗の里に到着したのは、午前8時30分頃。午後は影が出てきて写真映えがしなくなるかもしれませんね。美しい景色を見るには午前中、しかも雲海が出やすい9時頃までがいいかもしれません。
この日は紅葉・快晴・雲海と三拍子揃った非常にレアな条件に恵まれ、素晴らしい景色が、より素晴らしく感じました。
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風も無く、静かにゆっくりと雲海が流れます。
いつまでもその場にいたい衝動にかられましたけど、小一時間写真などを撮影して、名残惜しく後にしました。

桜を追って
今年の春は桜前線を追った旅でもありました。といっても、吉野と角館。どちらも日本を代表する桜の名所です。
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【吉野 中千本】
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【吉野 上千本】
吉野の桜は死ぬまでに一度は見たかった絶景。ただ、惜しむらくは天気がイマイチだったこと。
あと、意外に緑が多く、桜が少なかった印象。(笑)
午前中の観光がベストです。
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【角館黒塀】
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【角館 桧木内川】
角館も天気に泣かされた。晴れてはいたんだけど遠方には黒い雲。
あと、人出が凄い!もともとが狭い場所なので、どう切り取っても人が入ってしまう。木々の感じから新緑も良いと感じた。
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【盛岡城 岩手公園】
逆に角館近辺のホテルが取れずに緊急的に宿泊して非常に良かったのが盛岡。桜はベストの状態で天候は快晴。
駅周辺に盛岡城跡や、桜山神社、石割桜、旧岩手銀行など見所満載だった。食べ物も美味しかった。
また、今年宿泊したコストパフォーマンス・ナンバーワンホテルは、ここ盛岡の「ホテルエース盛岡」市内観光には絶好の位置だし、朝食のボリューム、価格など、今年に限らず今まで宿泊した中でも相当に良かったホテルの一つです。

番外編
建物は重要文化財、無料の展示施設がある茨城県のシャトーカミヤ(牛久シャトー)、日本で最初期のワイン醸造場です。
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【重要文化財 シャトーカミヤ(牛久シャトー)】(茨城)
日本でワイン造りがどのように行われてきたか、勉強になる場所です。ただ、現在醸造は行っておらず、施設のみがあるのだが、いずれ再開されるようです。建物も現在は外観のみの公開で、それだけが残念です。

というわけで、
かけ足で今年2016年を振り返ってみました。全部は紹介できなかったんですけれど、改めて色々なところに行き、見てきたんだなと思い起こされます。
Kazz zzaK(+あい。)も今年で8年目を迎えます。いゃぁ、物珍しさに始めてすぐ飽きて終わるかと思ってましたが、まさかここまで続くとは思ってもみませんでした。来年もまた色々な事をつづれたら良いと思ってます。
一年お付き合い下さいましてありがとうございました。
来年も宜しくお願い致します。
良いお年を!!



「奇跡の茶碗」曜変天目、見つかる。

12 22, 2016
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稲葉天目/藤田天目CG

さて、
茶道界のみならず世間的にもかなり話題になっておりますが、先日、テレビ東京「なんでも鑑定団」にて超弩級のお宝が見つかった。ネットでもかなり取り上げられているので、既にご存じの方も多いと思う。
それが、曜変天目茶碗
鑑定額は何と25,000,000円
まぁ、ここで普通の人なら「茶碗一つに2500万円かよ!」ってことになるんでしょうけど、こればっかりは話が違う。
曜変天目茶碗については当ブログでも散々取り上げたのでちょっと端折りますが、この茶碗の凄いところは、狙っては決して造れない偶発的な化学変化により出来たある意味奇跡的な色模様を有する茶碗であるということ。
勿論二つとしてこの世に同じモノは無く、それどころか、世界にたった三碗(欠けていない完形品)しかない貴重なものなのです。その全てが日本にあるのですが、当然それだけ貴重な茶碗故に、三碗全てが国宝指定。まぁ、世界遺産でもいいぐらいですけど。(笑)
そんな世界的にも貴重な茶碗の四つ目が見つかったというのだから、ただ事では無い。
今回、曜変天目が鑑定に出されるということは事前にニュースになっていたので、自分もリアルタイムでしっかり確認しました。
本物を画面上で確認すると、曜変の感じは稲葉や藤田よりもダークっぽい、どちらかといえば通好みの渋い曜変天目でしたね。ただ、表にも曜変が現れており、三碗のどれとも違うかなり好きなタイプです。
依頼人は100万という鑑定額でしたが、中島さんが出した2500万という鑑定額にスタジオも騒然としてました。
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でも、ちょっと安くないですか?
まぁ、色々理由はあるんでしょうけど、ちょっと心配なのは依頼人さんの方ですよね。
ご商売をなさっているようで、多分ですけど、お店の方にもバイヤーの方々が現れるんじゃないでしょうか。
あんまり騒いで迷惑を掛けないようにしないといけません。

番組の紹介では、空襲のため集めていた多くの骨董を失ったそうですが、この曜変天目は奇跡的に残ったということでした。
おそらくこの茶碗を生で見ることはできないとは思いますが、このような素晴らしい茶碗が残っていただけで何だか嬉しいですね。



年末恒例のラストエントリーに向けて。

12 16, 2016
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さて、
今年もあと半月ほどで終わります。皆さんにとって今年はどんな一年でしたでしょうか?

今年一年の写真の整理なんぞをして、当ブログ年末恒例のアレの写真などのセレクトをしておりました。思えば当ブログも7年目に突入しており、我ながら「よく続いてるなぁ・・・。」と思っています。(笑)
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今年初めて宿泊を伴う旅行に出掛けたのが、三月の奈良吉野山の桜。それが扉の写真。景色は素晴らしかったんですが、天候が当日「小雨→曇り→晴れ」で、撮れ高は低かった。
けど、この時は前日が大雨で、桜自体かなり散ってしまったという話しも聞いた。X-PRO2を購入して初めて遠征に出掛けたので、かなり印象に残っているが、多少残念でもあった旅だった。何か、遠い昔のようです。(笑)
そんな話しを含めながら、年末恒例のKazz zzaK(+あい。)2017年の名建築・・・というか、今年は建築も含め、ブログでエントリー出来なかった今年行った色々な場所のベスト3を発表することになると思います。また、今週末最後となると思いますが、もう一カ所訪れて決めてみたいと思います。

日本の高さ(標高)の基準ってどこ? 日本水準原点標庫は意外な場所に!?

12 09, 2016
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さて、
もう半月ぐらい前になりますか、福島沖の大地震で津波警報が発令され、日本中に緊張が走りました。
早い時間だったので、海岸線の方々は大変であったと思います。
最新の建築耐震化が進む地震対策先進国の日本ですが、島国であるが故の津波対策、まだまだ進んでいない印象です。金が掛かりすぎるってのもあるんでしょうが、近年、地震の恐怖が揺れそのものよりも、津波による(原発への影響)災害へとクローズアップされつつある今日、早急なる対策が必要ではないのでしょうか。オリンピックより先に金を使う場所があるだろうに。
ところで先日、静岡県掛川市に出掛けたとき、御前崎に宿泊しました。国道沿いには電柱など至る所に「ここの標高は○○mです。」的な案内がありました。
こうしたものは、東京都下に住む自分にとってやや縁遠く、見慣れない表記ですが、改めてそういう地域に自分が居るんだなと感じました。例えば旅行中に被災することあるし、こうした表記が命を救うものであるということを認識。
確か小学生頃に習った標高(海抜0m)云々の話は、小さいながらに「海の高さを0mとすればいいんだ」なんて漠然に覚えていました。今にして思えばなんて安直な計算なのだろうと思います。
大人になって標高というものがより身近になったとき、「基準点」の存在には気づいていましたが、どこにあるか興味は無かったし、気象・地学関係施設の特別な一般人には見ることができない隔離された場所にあるんだろうな、ぐらいに考えていました。
ところが、東京の古い建築を調べていると、この基準点が東京にあることが分かったのです。しかも、見学(とはいっても基準点そのものをは見ることができない。※注)が可能。
場所は・・・千代田区の永田町!・・・永田町?・・・しかも国会議事堂のすぐそば。こんなところにあったの?
正確な住所は、東京都千代田区永田町一丁目、憲政記念館の構内にあります。
イメージ的に0mを基準とする・・・みたいなイメージがあったので、まさかこんなところにあるとは思わなかった・・・。勉強不足だ。

で、なんですが、なぜ古い東京の建築を調べていたときに、この基準点にぶち当たったかというと、この基準点をある意味守る役割をしている建築、「日本水準原点標庫」というんですけど、これがかなり古い建物なのです。
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建てられたのは明治二十四年(1891)約125年前の洋風建築だ。(東京都指定有形文化財)
ギリシャのパルテノン神殿を思わせるような前面部。設計者は佐立 七次郎。辰野金吾と同期の建築家らしいのですが、作品の現存数が少ない。旧日本郵船小樽支店の設計もしてるみたいなのですが、自分の小樽の写真リストには無かった・・・。
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これが単に水準点を守るためだけに造られたとしたら、ここまでの造型は必要ないでしょう。当時は相当の本格建築でしょうね。大日本帝国と彫刻されたのが時代を感じさせます。
調べるとこの場所は、陸軍省と陸軍参謀本部のあった場所らしいですね。熟考に熟考を重ねこの場所に設置されたとは考えづらく、単純に都合が良いからこの場所に置かれたのかもしれません。ただ、現役で使っている施設なので、それなりに強固な地質なのでしょう。
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では、この水準原点の標高自体は何メートルか?という話をしますと、最初は24.500mだったらしいです。
「だった」といのが妙です。
言わずもがな、この水準原点は地殻変動の影響を受けにくい場所に設置しておりますが、それでも関東大震災、東日本大震災の影響を受け、数値自体は再改正されたそうです。
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数値改正の流れは、
24.500m(設置当時)→24.4140m(関東大震災後)→24.3900m(東日本大震災で24㎜沈下し再改正)
で、問題の水準原点なんですが、扉写真のレリーフが前にガッっと開くとその中に水晶板があり、そこに数値が刻まれているようです。残念ながら通常はそこまでは見ることができないのですが、一年に一度、6月3日の測量の日の前後に水準原点(水晶板)一般公開とイベント各種(平成28年度は5月18日 測量の日より結構前だね。)が行われたようです。標高に纏わるミニ講座なんかもあったりして、かなり楽しめそうです。
興味あるので来年も是非やって欲しいですね。
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ところで、水準原点標庫近くにあまり見慣れないものが。
これは、(中に)一等水準点。表記は「丙」で多分一等水準点の中でも特別な存在なのではと思います。
初めて見ました。
こちらも上記のイベントの際は公開されるようです。
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うーん、ひょんな事から自分の無知さを思い知ることになった。
ただ、そんな無知さから色々調べることと即時実行することができ、それはそれで楽しかった。
ちなみに、これ、今日(2016.12.08)の画像です。ここんとこの休日出勤で代休だった。家でゆっくりしてようかと思ったけど、天気が快晴。ちょっと我慢できず。(笑)



日本でここだけ。唯一の平面形式を持つ極めて貴重な寺院建築、竜禅寺三仏堂

12 03, 2016
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建物記ファイル№0065
竜禅寺三仏堂
Ryuzenji-Sanbutsudou

さて、
少し前に予告しておいた「日本唯一」の肩書きを持つ寺院建築。ようやく。
早速もったいぶらずにいってみようと思いますが、それが、ここ茨城県牛久市、竜禅寺三仏堂です。
もう、外観から見て何か凄くないですか?(笑)
サイドに張り出した裳階のようなもの。これを初めて見たとき自分はなぜかレーシングカーのリアビューを思い出してしまったんですよね。タイヤに被さるオーバーフェンダー的な感じで、有無を言わさぬ迫力があります。
そして、ちょっと、この屋根は・・・?
茅葺きですか?
茅葺きというと、白川郷のような山間部の豪雪地帯の古い住宅というイメージがありますが、こうした住宅街にいきなり現れると、なかなかの違和感を感じます。聞くところによると、この竜禅寺三仏堂、元々茅葺きでは無かったようですが、近年の解体修理の際、この茅葺きに改められたそうです。オリジナルがこっちなんですね。
でも、どうみても厚すぎる、いや、デカ過ぎるでしょう。なまじ屋根下のデザインが簡素ながらも格好良すぎるので、ちょっとデザイン的にバランス取れてないんじゃないかなぁ・・・と、思います。(笑)
まぁ、それは置いといて。
問題はそこじゃありません。
冒頭でも言ったように、正面から見ても何やらちょっとした違和感が・・・。
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視点を変え、サイドに回り込んでみます。
「おおっ」何これ?
正面からでは朧気であったサイドの出っ張りの正体が。
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反対側を見ても、同じようなものが付属する。
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後方は更に複雑な形状に。
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この庇のようなものは正面を除き一周回っているようですね。しかも後方は昇降の為と思われる階段が付いている。
禅宗様建築に代表されるような所謂「裳階」は通常であれば全周にあるもの。しかも、それは基本的に屋根だけ。
普通に考えると、これは内部の動線が形になったもののようですが、実際どうなんだろうか。
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簡潔で非常に詳しい解説があったので、一部トレースしてみましょう。

竜禅寺三仏堂(りゅうぜんじさんぶつどう)

時期ーーーー室町時代後期
規模ーーーー間口三間(6.395m)
ーーーーーー奥行四間(7.309m)
北相馬郡に残る中世建築として当初の姿を忠実にとどめており、中世から近世にかけての建築の流れを知る上に貴重な遺構である。
三仏堂は、延長二年(924)年の創建と伝えられ、釈迦・弥陀・弥勒の三仏を祀る。
現在の建物は、建築様式から室町時代後期のものと推測され、さらに内部にあった永禄十二年(1569)年の木札から詳しい年代がわかった。
三間堂の平面であるが、正面に一間外陣を設け、さらに両側面と背面に裳階を付けた構成になっている。組物は出組と平三斗で、木鼻と板蛙股に簡素な彫刻がある。彩色は無い。屋根は茅葺きの寄棟で軒を二重にしている。解体したとき材料のいたる部分に梵字で経文が書かれており、さらに仏壇下の地下に壺が埋められていた。
禅宗様と和様の混合した建築様式にくわえ、特異な平面形式はこの建物をほかに類いのないものとしている。
取手市教育委員会


ふむふむ・・概要は分かった。
分かったんですがね・・・。
加えて、取手市発行のPDFパンフレットがありましたので、見てみますと・・・解体は昭和60年の一月から61年の10月まで行われていたということです。親切にも修理・解体前の図面も載せていただいているようで、非常に分かりやすくなっております。
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で、率直な印象なんですが、基本的な構造、つまり正面三間・奥行四間というのは変わらないようなんですが、外観的印象が同じ建物?っていうぐらい違います。
解体・修理にあたり「創建当時に戻した」ということなのですが、前回の「金蓮寺弥陀堂」同様、こうなると、もうよくわからない。ただでさえ日本唯一の平面形式をもつ寺院建築という冠付きなのですから。・・・しかも案内板に「当初の姿を忠実にとどめており・・」との一文があるのですが、どの時代かの棟梁は、とどめるどころか、大きく改変してしまったのでしょうね。(笑)
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そうした意味から無理矢理疑いの目で見ると・・・(笑)
写真などで見た初見において、始めこの部分は参拝の動線のために確保されてる部分かと思ったのですが、実際見ると細すぎて全然無理。しかも角度が急すぎて危ない。これはやっぱり関係者の非常通路みたいなものなのでしょう。
でも、裏の正面にも階段が有り、反対側と合わせてこの狭い範囲に降りづらい階段が三カ所もあるのはなぜ?しかも中央に集まるように。もしかしたら、デザイン的な理由も大きくあるのかもしれませんね。
ちょっとよくわからないんですが、実に面白い。
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日本で唯一の平面形式ということで平面をCGにしてみました。不可動面のみ存在させ、襖など可動面は外してあります。(構造上半面埋まりますが無視・笑)
柱の位置と閉じられた面に注目すると、意外にも開放的な建物であるということがわかります。
この平面形式の問題はブルーの部分。デザイン上にもキモとなる部分ですが、ここは当然ながら不可動面です。逆にここが動くようだと何となく疑問が浮かびます。そんならなんで全周張り出さなかったかと。後ろの緊急非常口?(笑)の部分一体は殆ど可動する面が無いので、その辺にこの建築のポイントがあるかもしれないです。
しかし、どうやら修理前はこのブルーの部分は可動面となっていたようです。
仮定の話になりますが、ここ北茨城で唯一残存する重要文化財の中世建築として、当時はかなりの人出があったのではないでしょうか。図面を見ると、オリジナルから改変されたと思われる部分(増築?)は人の流れを意識してされたものではないかと思うのです。
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外見的なデザインの話に戻しますが、通常に見られる禅宗様建築とは一風変わった面白いデザインです。
裳階下がこれだけ大きいにも拘わらずシャープな感じを受けるのは、やはり正面とサイドの一部にデザイン上の段差を設けることで、そうした大きさを感じさせないデザイン力があるのかと思います。
・・・ただ、重い印象を受ける屋根のデザインは好きでは無い。(笑)

そんなわけでして、改変のことを知ってからCGの製作を進めていながらも、モチベーションがあがらず、このザマです。
今回、更に残念なことに、中を見ることができませんでしたので(通常非公開)目視で確認できたより詳しい内部などのレポートが無く、CGなどにも反映でした。こうした超改変の裏には確信的な理由があると思いますので、それを含めいつかの機会に見に行きたいと思います。



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Author:Kazz
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Kazz zzaK(+愛・逢・遇・合・・・ etc)
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英語で i は自分ということ。

Kazz zzak(+i)

色々な「あい。」と自分をプラスして
Kazz zzak+i=「Kazz zzaKi」

「カズ雑記」

身の回りの好きなこと。好きなモノ。
関心のある事。
写真と共に何でも書いていきます。

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