並河靖之は、いかにして並河靖之になったのか ? その答えを見つけるために。東京都庭園美術館 並河靖之 七宝展

03 30, 2017
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CG Kazzzzak(あい。)

さて、
少し遅くなったが東京都庭園美術館で開催されている「並河靖之七宝」展を見に行った。
並河靖之といえば当ブログでも登場回数のかなり多い大好きな芸術家である。
「超絶技巧」という言葉が定着し、その源である明治工芸がブームになっている今日、「いつか並河靖之単独で展覧会をやってくれないかなぁ」と思っていたのだが、ここにきてようやくそれが実現した。
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結論から言ってしまえば、この展覧会、展示品は言うに及ばず、人間 並河靖之を知る上でも極めて重要な展覧会です。
最初期の作品から、並河の最高傑作といわれる晩年の作品まで。時系列で展示されたはじめての回顧展。それが、重要文化財でもある旧朝香宮邸で開催されているのだから、そりゃもう、最高です。(笑)実際、邸宅内の雰囲気と相まって、すべての作品が神々しい。ひいき目ですが、並河靖之七宝にはこういう場こそ相応しい。
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早く見たいのをグッとこらえて、まずは重要文化財である誰もいない旧朝香宮邸をカメラに納めた。近年修復され、良い意味で真新しく、素晴らしさ際立たせる。
庭や入口付近の写真を撮りつつ、一呼吸置いて中に入る。
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実は東京都庭園美術館は初めてだ。本来なら重要文化財でもあるこの邸宅だけでも入場料を払ってもいいぐらいだが、並河靖之七宝が展示されているとなると話は別だ。実際入ったはいいが、館内が一向に目に入らない。(笑)
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上の写真は京都の並河七宝記念館(並河邸)に訪れた際に撮影したものだ。晩年、引退した並河は、ここで鯉と戯れることを楽しみに過ごしていたという。

今回の展示会は、並河の初めての回顧展ということもあり、国内・海外色々なところから彼の作品が集合している。見慣れた作品もあるが、初めて目にする作品も多い。これだけの並河作品がズラリと並ぶことは、今後しばらく無いと思う。
並河がマスコミなどに紹介される際は、当然ながら最盛期の脂の乗り切った頃の作品が登場する。例えば今回の扉のような壺(藤草花文花瓶・明治後期作)だ。そして、並河といえば花鳥をデザインしたもののイメージがあるが、初期の作品は輸出を意識したせいか、龍など中国を連想させるものが結構登場する。逆に晩年は、一枚の絵画のようなシンプルながら極めて繊細な作品が並ぶ。このテイストの変遷には理由があるが、そこは展覧会を見に行って自ら感じて欲しい。
最初期〜晩年。この並びを見ると、素人ながらにも凄まじい技術的な進化を感じ取ることができる。最盛期や晩年の作品を見た後では初期の作品などは確かに発展途上にあると感じるが、それでも「いきなりこれかっ!」という大きな驚きはある。逆に晩年は、えっ?と思うような作品もある。彼の作品作りを取り巻く様々な環境変化を感じ取れるか、そこは今回の展覧会の大きな見所のひとつだろう。
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CG Kazz zzaK(+あい。)藤花菊唐草文飾壺

天才というのは、生まれてから死ぬまで天才では無い。
今日、超絶技巧・天才の代名詞のように扱われる彼でも、大きな苦悩・挫折という壁を超え頂点を極めた。デザインや技術、そしてそれこそ血のにじむような研究を実行し、幾度となく繰り返されたトライアンドエラーの膨大な時間。
並河は、時間的制約や売らんが為の作品作りを断固として拒否していた。だが一方で、抱えた職人達の生活のための責務はあったに違いない。それ故顧客の要望に多少は応えなければならなかった。超職人である並河の人間性がそこまで融通的だったかどうかは些か疑問だが、やらざるを得ない背景はあっただろう。
七宝造りには思いの外多くの人間が拘わっている事を知った。今回の展覧会は、下図など作品以外の展示も豊富だ。そういう意味からも並河靖之個人だけではなく、チーム並河の存在。側面から見る並河作品というのも別の鑑賞ポイントになるのではないだろうか。
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CG Kazz zzaK(+あい。)藤草花文花瓶

今回の展覧会は、当たり前に天才といわれる並河の心の揺らぎ、苦悩する精神を時代毎の作品から感じ取ることができる素晴らしい展覧会です。誤解のないようにいいたいのだが、それは決してネガティヴな意味ではない。ただ単純に細かい、超絶技巧だ!人間業じゃない!と持ち上げるのは簡単だが、そうした技術力に感動・賛美する時間は個人的には終わった。この展覧会は作品の変遷とともに、いかにして並河靖之は並河靖之になったのか?という進化の過程に興味は集約された。もちろん、その答えにたどり着くまでの全てを見ることが出来たわけではないが、並河靖之の多くを知ることができたことは間違いない。

並河靖之七宝展は2017年4月9日(日)まで東京都庭園美術館にて開催。
桜よりも藤の花。こちらを先に見るべきだ。
おっと、単眼鏡を絶対に忘れるなっ!!(笑)


今回は東京都庭園美術館でビクセンの単眼鏡が先着50名まで無料で貸し出しされているようです。
詳しくは→東京都庭園美術館『並河靖之七宝展』で単眼鏡の無料レンタル
絶対に借りるべし!

16角への誘い。重要文化財 野木町ホフマン煉瓦窯が凄かった。

03 25, 2017
野木町扉
建物記ファイル№0067
野木町煉瓦窯・旧下野煉化製造会社煉瓦窯
Nogimachi-rengagama

さて、
前回のエントリーは深谷にある旧煉瓦製造施設を訪れました。ここは東京駅赤坂離宮日銀などの建材煉瓦を造っていた工場でもあります。
煉瓦にそれ程興味があったわけでは無かったのですが、日頃から目にしている建物の建材がいったいどのように造られているのかを知ることは面白かったし、何より勉強になった。
煉瓦窯自体が貴重なものだというのは知っていましたが、具体的なことが何一つとして分からなかった(知らなかった)ため、今回の旅行は結構な衝撃でした。(笑)良かったのは、同日に深谷と野木町を回ったこと。これによりそれぞれを補完する情報が得られた。具体的には、深谷は窯などの建築的なハードは野木町に劣るが、資料的なソフトや歴史的背景が充実。野木町は建築は完璧だが、資料がやや乏しい。
自分も予習的に浅い知識を詰め込んでいったのですが、やっぱり実物は凄いものです。特に野木町が刺さった。
深谷のホフマン6号窯も良かったのですが、見学できる部分は一部に限られ、特に二階部分が見えなかったので全体像が掴みにくかったが、こちらはほぼ完全な形で現存している。この視覚的な差が印象を大きくしたと思う。
ちなみにですが、現在日本に現存するホフマン窯は4基しかありません。埼玉県深谷市と、ここ栃木県野木町京都滋賀にそれぞれ1基づつ。ただし、京都と滋賀のホフマン窯は残念ながら現在一般公開されていません。それだけ貴重な建物ということでしょう。
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まず、何はなくともこの外見です。外見的な野木町の窯は一目瞭然、建築好きにとって非常に魅惑的な建物になっています。
六角堂や八角堂っていうのは結構あるんですけど、16角っていうのはなかなか聞いたことがありません。しかも、御堂の六角や八角と違い、この窯の16角には明らかに必然性がある。故に、これは決して奇をてらったデザインありきの建物では無く、効率的な発想理念からうまれた必然的な形なのである。
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実はこの野木町煉瓦窯は、度重なる地震の影響で長い間修理に入っていた。およそ10ヶ月前、平成28年の5月に修理から復活したばかり。まだ一年も経っていないので、見えるところは旧さの中にも真新しさを感じるほどである。
昔サーカス小屋のような形でこういうのを見たことがあるが、それでも16角はなかったぞ。(笑)
入口が各部屋にあり独立しているわけでは無く、中で繋がっている。輪窯であるので役割は全て同じ。この16部屋の内の何部屋かが燃焼専用室・・・というわけではないのだ。すべてが同じ役割を担っている。各部屋に煙道ががあり、煙はそこを通り煙突から排出されている。
外観的な特徴といえば、この窯には二階への出入り口とも言える階段が対極に二カ所設けてある。粉炭などの燃料を上に上げるためだ。一見何の変哲も無いような階段だが、登りやすいようにステップが自分側に傾いているのが面白い。何十キロもの粉炭を一日何往復もするのはかなりの重労働。少しでも軽減しようとする知恵だ。実際に登ってみたが、かなり登りやすい。ただ、上りが楽な分、下りは膝に来る。(笑)
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分かりにくいかもしれないが、各ステップ手前側に傾斜が付いている。段差は低くゆるーいバリアフリーのスロープのようだ。確かに足下が見えなくても上がりやすい。
そして、そこを上がると、普通では見慣れない景色が広がっている。
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というわけで、先に二階部分に上がってみた。
深谷のホフマン六号窯と違い、野木町ホフマンは二階があり、完全公開されている。(深谷六号窯は三階建てだが、公開は一階の窯部分のみ)
この貴重な光景が見られるのはここ野木町だけだ。
関係ないが、自分はこのデザインというか空間的なビジュアルが非常に美しく感じ、凄く気に入った。(笑)
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形自体はそれ程複雑では無い。屋根の木材や耐震のためアンカー、補強が見られるが、それを外すとかなりシンプルだ。中央部分が凹になっており、一段低い。粉炭は一段高い部分から投入することになる。上段部に円形にレールが敷かれ、重い荷物を運ぶために炭車という小型のトロッコのようなものが使用された。尚、写真にある円形に組まれたコンパネは、床が傷まないように見学者のために敷かれたもので窯には何ら関係ない。
とう
一段高い部分には、投炭孔(とうたんこう)と呼ばれる粉炭を入れる穴が規則正しく並ぶ。この投炭孔が一階の各16部屋とそれぞれ繋がっている。
この投炭孔の蓋は別の場所で持つことができたのだが、見た目ほど重くなく、何度も開けたり閉めたりするため非常に軽く造られているのでビックリした。
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二階部分の簡易CGを作ってみた。(かなりデフォルメ・笑)基本的な部分はこんな感じだと思う。
投炭孔は扇型に5列に並ぶ。ただ、各部屋の境目が二階からではわからないので「一部屋につき何個か?」というと、地味に一階部分を数えるしかない。(笑)なので、ここでは不明とさせていただく。
炭車の為のレールは内側と外側に配列されているが、炭車自体は現存していない。資料も多分残っていないようなので復元しようがないのだろうが、推定でも良いので復元したら良いのではと感じた。
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それにしても唯一無二、独特の空間。
何度も言うようだが、薄暗い中に投炭孔が鈍く輝る様は、何かSF映画のワンシーンを見るようで感性を揺さぶられる。
もしかしたら、人が全くおらず独占で長い時間見ることができたのが、そういったものを呼び起こしたのかもしれない。だけど、この後、ここは子供の運動場と化す。(笑)
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中央には八角形の煙突が聳え立つ。投入口の様に見える部分から縦に入った亀裂が生々しい。これは関東大震災の際入ったものだそうだ。
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燃焼に伴う熱や煙は煙道を通り、煙突へ抜ける。煙突自体は二つの空間に分けられ煙を排出しているようだ。
各解説は図解や写真付きで分かりやすい。
dannpa-
そして、煙突により近い部分にある、これが煙を制御するダンパー開閉器とよばれるものだ。引くとこのような形になる。更にこの下にダンパー本体部分がある。
dannpa- 2
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ダンパーは、煙を遮蔽するのは勿論だが、寧ろ開け閉めすることにより空気の流れを制御するものと考えた方がいい。部屋が連動しているため燃焼していない部屋のダンパーを開けると空気の流れが出来、一気に動く。その熱を利用し、乾燥や余熱を行う。このダンパーは各部屋につきひとつあるので、合計16基あることになる。
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断面図を立体にするとこんな感じになる。写真を見る限りでは、煙排出に伴うダンパーの動きは単純な開閉だけのようだ。
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さらに一部屋を単純にCG化するとこんな感じか。黄色い矢印は煙の位置。ダンパーは赤、ダンパー開閉器は青。
断面図からだとダンパーとダンパー開閉器の間に空間はひとつ。
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燃焼システムについては、CGに起こして更に分かりやすくしようとしたのですが、本家のパンフレットの方が遙かに分かりやすいことがわかり、中途半端になってしまった・・・(苦笑)このパンフレットは非常に分かりやすく描かれており、野木町のホームページからダウンロード可能(PDF)ですので、興味のある方はご覧になるとこの輪窯のシステムがよくわかると思います。
野木町・ホフマン窯のPDF
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さて、
窯の方(一階)にもどるのですが、ここ野木町ホフマン窯では観光客のために窯の見せ方にも工夫がされています。
手法はふたつあり、ひとつは、補強部を見せないこと。これにより、オリジナルに近い状態で窯を感じることができます。煉瓦は基本耐震的に弱いためかなりの苦労が想像できます。また、当然ながらコストも掛かります。
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逆に補強部を見せる手法も取り入れています。これは、どのように補強したのか、その状態を知って貰うことが第一。また、隠す補強よりもコストが安いことが主な理由です。
写真は16部屋のうち最初期に点火する点火窯(ロストル)を復元したもの。これは点火が終了すると壊してしまうそうです。
輪窯とはいえ、勿論半永久的に火を点けっぱなしというわけではなく、何回かはメンテナンスなどのため停止したそうです。その度にこういった点火口を作る必要があります。すぐ壊しちゃうんで勿体ないんですけどね。
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各入口はこんな感じになっている。当然ながら燃焼中の位置によっては、完全に塞がれる場所も出てくる。何度も塞いだり開けたりしていると当然ながら傷みも早い。こうした建物は周りに何も無い場合やはり南側から痛み始める。煉瓦だけにところどころ雨などに浸食され溶けている部分も多い。
ただ、この入口はかなり状態の悪いものを敢えて撮ったもの。他は修復もしたことも有り、状態は良い。
各部屋に関しては深谷のホフマン6号窯と基本的に同じだ。
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右は少し前に行った韮山反射炉の煙突部。野木町の方も耐震補強はしたそうだが、高さがあるだけに大変だったそうだ。
関東大震災の際に煙突に裂け目が入ったのは先述したが、その際に崩落した煙突の一部が残っている。
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これは修復の際見つかったそうだが、何と!窯の二階部分に埋め殺しにされていたそうだ。重くて分解できなかったのだろうか。ただ、その事故が幸いしたが故に当時の煙突も貴重な資料としてこうして目にすることができるわけだ。
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あまり長くなりすぎるのでこの辺にしておこうと思うのだが・・・。
ここ、野木町のホフマン窯、これだけのものを見せてくれて入場料はたったの100円(中学生以下無料!・ガイド付)だ。安いのは良いのだが、個人的には整備費用も含めもう少し取ってもいいんじゃないかと思う。
日本近代化に大きく貢献したここ野木町のホフマン窯。パンフレットによると、栃木県内には赤レンガ造りの建物がいくつかあるが、それがここ野木町のホフマン窯で焼かれたかどうかというのは、確実なものを含めるとそれ程無いそうだ。おそらく焼かれたのではあろうけど、記録が残っていないらしい。自分も帰り際、ひときわ目立つ煙突を見つけた。西堀酒造煉瓦煙突。ここは野木町のホフマン窯で焼かれたという記録が残っている。
野木町ホフマン窯は16部屋あり、一室約14,000個を焼くことが出来る。全室では約220,000個焼成温度は約1000度で、123日掛けて一周したという。

二回にわたり日本の近代化に大いに貢献してきた煉瓦(会社)についてエントリーしてきた。普段目にする煉瓦の建物については多少の知識はあったにせよ、建材としての煉瓦に目を向けることは無かった。
貴重な建物を見られた喜びを関係者各位にお伝えしたい。
ありがとうございました。
日本で希に見る16角の魅惑の建造物に誘われ、これからは煉瓦造りの建物の見る目が大きく変わりそうだ。



週末はまさにロック(岩)フェスティバル! 深谷・旧煉瓦製造施設(埼玉)〜野木町煉瓦窯・旧下野煉化製造会社煉瓦窯(栃木)〜大谷資料館・大谷寺(栃木)が凄く面白かった。

03 17, 2017
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建物記ファイル№0066
日本煉瓦製造株式会社 旧煉瓦製造施設
Nihon renga seizou sisetsu

さて、この扉の一見何だか分からない建物写真についての話しは、次に出てきます。(笑)
エントリーについては、水戸の話を進めてたんだけど、仕事のストレス(笑)か、週末はとても部屋にいられる状況じゃないので、サクッと近場に出掛けてみた。
とはいえ、単純に温泉に浸かりに行くだけの旅は嫌だし、やはり何か勉強したり、歴史を絡めた旅にしたいので、そういった場所があるかどうかをさらに調べてみた。そうすると、・・・あるじゃないですか。
大概の人は興味あるかどうか分からないんですけど、話しは明治時代の建材、煉瓦の話しになります。
今回はそんな煉瓦の旅をすべく、埼玉と栃木に行ってきました。

では、まずは深谷からいきましょうか。ちなみになんですけど、扉の写真、この謎の建物(笑)はインパクトがあるので扉にしましたが、栃木の方のものです。

ところで、
日本といえば、世界には木造建築の国として名を馳せていますが、木造建築の「火に弱い」という最大の弱点を克服するために明治政府がとった近代化と共に建築技術も入り、各地で煉瓦造りの建物が造られるようになった。ところが、根本的な問題である地震に弱いというオチがあってかなり減っちゃうんだけど、今でも東京駅を始めとする赤レンガの建物は明治時代を象徴する雰囲気のあるものとして世間には認識されております。
それで、こういった一連の煉瓦建築の窯元はどこだろうと調べてみたら、それは東京から程なく近い埼玉県深谷市にある
「日本煉瓦製造株式会社・旧煉瓦製造施設」ということろであることが分かりました。会社自体は既に無いのですが、建物の一部は現存しており、一般公開もされています。

時にして明治の初め、政府は欧米に対抗すべく霞ヶ関付近に一極集中型の「官庁集中計画」を立ち上げ、それを象徴するパリや倫敦に引けをとらないバロック調の建物を造るため臨時建設局なるものを造りました。
とはいえ、こうした建物を建設するためには大量の建材、つまり、煉瓦が必要となってくるわけです。
東京近郊でも僅かに煉瓦を造ってはいたものの、この計画にはとてもじゃないが生産が間に合いません。また、東京近郊の製作された煉瓦や土質を調べたところ、脆すぎたため求めている建材としての煉瓦には不適格で、まったくもって使えないことがわかり、結局、関東圏の地質を調べる運びとなりました。
一方で、政府には金が無いため工場を官営と出来ず、資金面と工場設立の両面から実業家の重鎮である渋沢栄一に白羽の矢を立て(泣きすがり・笑)、大量生産が可能な煉瓦工場の設立を要請しました。
渋沢栄一といえば現在の埼玉県深谷市出身です。渋沢は古くから地元周辺で瓦生産が盛んなことを一案に、これが煉瓦に適しているのでは無いかと考えチームと調査をします。結局、この考えはずばり当たり、この地が煉瓦生産に最適だというお墨付きを貰うことが出来ました。
最終的に、埼玉県深谷市が選ばれた理由はいくつかあり、まずは、
元々瓦などの生産が盛んだったこと、
煉瓦の材料として良質な粘土がとれたこと、
東京までの舟運が見込めたこと、などが挙げられます。

こうした政府の難題を渋沢栄一は地元の上敷免村にすることで一気に解決し、工場の建設が始まります。
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その拠点となったのがここです。何にせよ専用の鉄道線を敷設していたぐらいですからその規模は半端ない・・・はずなんですが、現在は建物らしき建物は殆ど無く、別の会社が入っているようです。
現在一般公開されている旧煉瓦製造施設ですが、入場は無料で駐車場も無料。10台ぐらいは駐車できます。
見所は、重要文化財に指定されている旧事務所・変電室・唯一残った「ホフマン式輪窯六号窯」です。いずれも重要文化財に指定されています。
まず、事務所なんですが、珍しい木造の洋風建築。ゲートの煉瓦も当時のままだそうです。但し、建物は移動して現在の場所に置かれたそうです。
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当時の会社のシンボルマークです。オリジナルだそうです。
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旧事務所の中は現在資料館になっています。当時はドイツから技術招聘された煉瓦技師チーゼの居宅兼事務所だったそうです。貴重な文献や煉瓦の展示なども有り、かなり詳しくなります。(笑)
そして、メインの「ホフマン式輪窯六号窯」です。
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まず、外観なんですが、ごらんのようにもの凄くでかいプレハブ小屋みたいな中にでかい煙突が突き出ているだけの簡素な建物です。現代のトタンによって覆われた建築的にもこれ以上でもこれ以下でも無い建物です。見た目は。(笑)
けれど、煙突の中央部のデザインが変わってますね。本来ならストレートでも良いんですが、強度などの問題でしょうか?特に意味は無いのかもしれませんね。
深谷4
見た目はこんな感じですが、さすがに重要文化財。警備は厳重で自由に出入りすることはできません。ガイドの方に付き添っていただき中に入ります。入口は右側。
ちなみになんですが、ここホフマン六号窯、以前は事前予約制で、なおかつ10人以上が必要でした。今回私も見ることは出来ないと思っていたんですが、二人にも拘わらず案内していただきました。聞くところによると、少し前から10人以下、予約無しでも案内しているということでした。そういった情報が無かったので、これはラッキーです。ただ、一応訪れる前に電話した方が良いと思います。
ふかや6
煉瓦窯に入るなんて初体験ですので少しワクワクします。人が中で作業するので、それなりに大きくないと効率が悪いかと思いますが入口は結構狭いです。が、入口こそ屈まないと入れないぐらいですが、予想以上に中は広いですね。
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地下迷路のような独特の空間です。
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先ほどの資料館に六号窯の模型(撮影可)がありましたので、ここで見てみますと、内部はこのようになっています。
今、入口を入ったハーフパイプ状の燃焼室にいます。一応この窯は「輪窯」ということなんですが、実際は円形では無く、楕円形というか、陸上競技場のようなオーバル型のようです。ですので、直線部分があります。この直線が25mぐらいあるそうです。
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全体的な考え方としての一階部分はこんな感じだと思います。ハーフパイプ状のオーバルみたいな部分が燃焼室で、一般の人が見学できる部分は、カーブの突端部の一部。煙突の根元とかはちょっと見ることができないんですけど、煉瓦を焼くシステムの大まかな部分は体感できると思います。
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このオーバル部分全てに煉瓦が積まれ、その部屋を18部屋に分けます。一つの部屋に18,000個を積み上げ一気に焼き上げます。計算では約320,000個程度の煉瓦が焼き上がるわけです。ひえ〜・・・。
ここで東京駅の駅舎の煉瓦などが焼かれたと思うと意味も無く感動。
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焼き上げるイメージが掴めなかったんですが、壁を見ると所々穴が空いており、この穴から燃焼した粉炭を投入します。
この六号窯は現在一階部分しか見ることができませんが、実は三階建ての建物で、最上階は熱を利用した乾燥室になっています。一度火を入れると三交代制で火を絶やすこと無く焼き上げたそうです。

六号窯は広いんですが、見学は一部分しか見ることができません。でも、多くは見学できる部分と似ている構造なので充分です。今まで煉瓦の大量生産現場を見たことが無かったので大変勉強になりました。
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資料室には数々の煉瓦が並びます。(撮影可)
刻印によりどこ産のものか分かるようになっています。
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先述したんですが、ここ旧煉瓦製造施設には敷地内にもう一つ重要文化財があります。
それが、この旧変電室
敷設された専用線を蒸気から電動機に切り替えるために市内で初めて電灯線を引き、変電室として建てられたそうです。
それ程大きくなく、間口が約6m、奥行きは4mの建物です。内部は残念ながら非公開です。
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そして、重要文化財が少し離れた場所にもうふたつあります。
それが、この備前渠鉄橋歩いてすぐです。現在は遊歩道。
高崎線深谷駅〜工場までの約4キロを結んだ日本初の専用線。その遺産です。
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それで、わずか何メートルか先に付属する煉瓦アーチ橋が隠れてます。こちらも重要文化財です。
小さいながらも完全な煉瓦アーチ橋として使用された貴重な文化財です。
一度見逃して戻ったぐらいですので、見逃さないように。

というわけで、
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深谷の旧煉瓦製造施設は個人的にかなり面白かったです。勉強にもなりましたし、観光客は土曜日にも拘わらずそれ程居ないのでゆっくり見ることができます。ただ、突然世界遺産になるかもしれないので、(笑)今のうちに行っておくことをお勧めします。

そして、
冒頭の写真に戻ります。
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こちらは栃木県の野木町にあるもうひとつのホフマン式輪窯「野木町煉瓦窯」
深谷の六号窯とはかなり見た目が違います。オーバル型の六号窯に対し、こちらは16角形!!しかもむき出し!
歴史を兼ね備えた16角形のこれだけの建造物が日本にあったとは!!
このビジュアルだけでもなんかワクワクしませんか?(笑)かなりテンションが上がります。
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この野木町の煉瓦窯、深谷との決定的な違いは、二階まで見学可能なこと。これにより、より詳細に、深く煉瓦製造を知ることができます。
次回は少しだけ、こちらをエントリーします。



下を向いて歩こう!(たまには)日常にあるマンホール・デザインが実は面白かった。

03 10, 2017
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さて、
旅先での撮影で必ず撮影するのは近年の旅の主目的である建造物、史跡、観光地などなんですが、そんな中、最近になって急に撮り集め出したものがあります。
それが、マンホールの蓋
誰しもが一日一度は目にするものですが、昔であれば単に鉄の丸い塊だったこの蓋が、最近妙にデザインがかってるのが気になり始めました。
とはいえ、以前から、何となく目に付いた珍しいモノはその都度撮ってたんですが、どのフォルダのどこにあるかがよくわかんない・・・。(笑)とりあえずはそんなレベルでした。
このマンホール蓋のデザインが自分的にも非常に面白い被写体であることがわかりました。(いまさら?・笑)
大体、都道府県、市区町村単位であると思うのですが、花や鳥、名物、名所など。同じ種類のカラーやカラーレスなど、また、微妙に違ったり。とにかく、種類は多く、奥が深い。
そんな中、自分もこの間仕事で行った府中市分倍河原付近に非常にレアなマンホールがあると聞き、早速合間を見て撮影。
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ハイ、いきなり出ました。
この一見何の変哲も無いマンホールが、マニアにいわせるとかなり凄いらしいんです。(笑)
というのも、真ん中あたりを見るとわかるんですが・・・。
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これ、何か、「内」と漢字をデザインしています。
そう、旧内務省管轄時のマンホールの蓋ということらしいです。確かにいわれてみると、あまり見たことは無いデザインのようですな・・・。
さらに、近くを見ると、もうこれはここにしかないでしょ!っていうぐらいレアなものを見つけました。
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同じ旧内務省のグレーチングの蓋?ですか?
上のマンホールの蓋は何個かあるようでしたが、これはひとつしか無かったような気がします。
何か、凄いディープな世界に入っていくような・・・。
何でこんなところにあるんだろう。複雑な事情があり残存してるようだけど、調べると長くなりそう。
けれど、面白いですね。
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もの凄く最近になると、先日行った水戸。偕楽園付近のマンホールはやはり「梅」をモチーフにして作られているようです。これは結構退色してます。当たり前ですが、通りが激しいほどこんな状態。
いかにキレイなモノを見つけるかというのも面白そうです。
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同じ水戸市でもデザインが結構違うモノもあります。同じデザインでカラーレスというのもあるんですが、一見似ているようで非なるモノ。こういったものもあるようです。
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水戸にもこんなのがありました。かなり退色してます。そういう意味では状態の良いモノに巡り会う運も必要ですね。
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上のグレーチングもそうなんですが、以前撮影した中にはマンホールじゃないんですが、こんなのがありました。場所は伊香保温泉。
可愛いですね。

夢の無い話をすれば、こうしたものには多少なりとも我々の税金が通常の蓋よりは多く使われてるんですが、いいでしょ?これぐらい。(どんぐらいかかってるか分からないけど。)これが全国的に多く見られるようになれば人が集まり色々な事柄が派生するし。何より面白いし、将来的には世界に発信できる日本のカルチャーの一つとしてこれ目的で世界中から人を呼べるようになるのではないでしょうか。

もともとこうしたものに地域地域の特色を織り交ぜて製作し始めたのはどこが最初なのでしょうか?
これからは旅先で下を向いて歩くことになりそうです。(笑)



三億円事件第一発生現場を見る。

03 04, 2017
三億
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1968年12月10日
午前9時30頃
天候 雨

東京都府中市においてひとつの事件が発生した。
いわゆる、「三億円事件」と呼ばれる日本犯罪史上語り継がれるであろう
未解決事件のひとつである。


さて、
仕事の関係で府中市の栄町に行った。
良い機会なので、三億円事件と呼ばれる強奪事件が起きた現場を見てみようと足を運んだ。
場所はある意味非常に分かりやすく、非常に分かりにくい。(後で説明・笑)
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府中刑務所の北側、「学園通り」と呼ばれるそれ程広くない道の一角がその現場にあたる。鉄道駅はJR武蔵野線北府中駅が最も近い。
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北府中駅を降りたら刑務所を右手に見ながら府中街道を北に行き、塀が切れた刑務所の北西の角が学園通りの入口だ。
塀伝いに真っ直ぐ200mぐらい?歩くと、そこが三億円事件の第一発生現場である。
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分かりやすいように道路を挟んだ反対側から撮影してみる。
扉の現場写真から推測すると、監視カメラ(当時この場所には監視塔があった。)がある場所から、標識の間のあたりで事件が発生したのではないかと思われる。
なぜ、場所が分かりやすく、分かりにくいかというと、発生場所を特定する印のようなものが一切残っていないからだ。(笑)で、あるので、正確には発生現場(付近)という記述が正しい。
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比較してみると、塀の位置が当時のままなのか、ちょっとよくわからない。撮影の角度もあるが、歩道の幅も少し違うように思う。
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旧監視塔があった付近に立ってみる。
「ここか・・・」
おそらく、限りなく近いこのあたりで、1968年の12月10日・三億円事件は起こったはずだ。

当時は幼すぎたということもあり、この事件を知ったのは、後年になって、再三取り上げられるようになってからで、リアルタイムではよくわからなかったというのが正直なところ。
それこそ一万円あればこの世にある大概の物は買える(笑)なんて思っていた純真な幼少年期だったので、「億」という単位自体が実感できなかったし、それこそ「すげえなぁ」という月並みな感想しか無かった。
物心付くようになり、この事件があらゆる面で特殊な事件だということを理解すると、平成の今日、今尚様々なアプローチからこの事件を取り上げられることには然程驚かなくなった。

現場はそれこそ車などで何度か通過したことはあったが、改めてこの現場に佇んだことは無かっただけに、今日を境に尚更思い入れが強くなった。
DSCF0421.jpg
この歩道橋は、写真にも写っているように、当時の物だと思われる。刑務所に塀に近いせいか、全面的に目張処理がされている。当時もそうだったのだろうか。

1968年12月10日、この歩道橋はその高い目線から何を見たのだろうか。
「三億円事件」は今だ未解決のままである。



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