made in SABAE. 鯖江 のプレミアムメガネ。泰八郎謹製 Premiere Ⅰ
07 09, 2013

泰八郎謹製 プレミア 1 Taihachiro-kinsei Premiere1
さて、今宵のKazz zzaK(+あい。)は、扉にもある眼鏡について少し話をすることにしよう。
これは、有名な話。
福井県鯖江市は言わずと知れた日本における眼鏡(フレーム)生産の聖地。国内シェア何と96%を誇ると言うから驚きだ。
つまり、メイド・イン・ジャパンの眼鏡フレームの殆どは、この鯖江市で造られていることになる。
その歴史を紐解くと、1905年頃農閑期(農業ができない時期)に個人が副業的に眼鏡を造り始めた頃に遡る。
明治時代になると、その分業が進み、鯖江市の眼鏡生産の基盤ができあがったという。そして、現在では世界三大眼鏡生産地といわれるまでに登りつめた。
個人が始めた副業から、ここまでになるには決して一筋縄ではいかなかっただろうが、眼鏡フレームを生産(当初はまだ「造る」というレベル。)するという着眼点には先見性があったということだろう。

眼鏡というと「顔の一部です。」という歌があるように、これだけシンプルでありながら繊細なアイテムもないだろう。
人と対面するときなども眼鏡1つで顔の印象が大きく変わるため、このアイテムの中には、形状や色、各部パーツに至るまで、拘らなくてはならないポイントがギッシリ詰まっている。
当然ながら人間の顔というのは、この世に2つとして同じものは無く、大小があり、左右さえも対称では無い。
よって、眼鏡の数もかける人の数だけあると考えて良い。バランスやTPOにも合わせる必要があり、各個人微妙に違う。そして、眼鏡を掛けた顔というのは、服装以上に人に見られ、焼き付けられているのだ。
また、眼鏡というアイテムの総合的な延長には「かけ心地」というものが存在する。
例え形状や色などが自分の好みで合っても、視度を含め、この「かけ心地」が良くないと苦痛を伴うだけである。いくら自分の個性を主張するからといって、徒(いたずら)に重い眼鏡や、懲りすぎたデザインで視界の妨げになるようなものは、もはや眼鏡本来の意味を成さない。衣類なら多少大きかろうが小さかろうが我慢できるが、それとは違い、合わない眼鏡は我慢がならないどころか、病気の原因にもなり得るから恐ろしい。
まさに、身体の一部。眼鏡とはそういうものなのだ。
機械による一括化された大量生産で生産性が上がる一方、その対極あるのが職人によるハンドメイドだ。匠の仕事により生み出されたメガネは、機械では作り得ることが出来ない繊細なカーブ、芸術的なまでの面取り、仕上げの丁寧さなどを有する芸術品といえるもので、細部にわたる几帳面な仕事は我々日本人の最も得意とする分野である。
そうした眼鏡フレーム職人たる方々の多くは鯖江市に居を構えている。
泰八郎謹製。山本泰八郎氏もそんな職人の中のひとりだ。

山本氏は昭和17年鯖江市生まれで眼鏡フレーム造り一筋の職人さんだ。50年以上メガネ造りに拘わっている伝説的な人物である。
ところで、メガネフレームに限らず、○○製とか、○○作と言う言葉は結構聞いたことがあるが、『謹製』と言う言葉を商品名もしくは、ブランド名に使っている製品を自分は見たり、聞いたりしたことが無い。
謹製とは、心を込めて謹んで造ることの意だ。
職人というと昔ながらの頑固一徹的イメージがあるが、山本氏の場合、泰八郎謹製というその言葉の響きからもわかるように非常に温和な印象を受ける。勿論、実際にお会いしことはないが、WEB動画などから見ることのできる厳しさの中にもやさしいトーンで話される姿が泰八郎謹製というブランドを象徴しているような印象だった。

閑話休題。
眼鏡フレームというと、その材質には色々なモノが使われている。
木、鼈甲(べっこう)、などの天然素材から、金属、プラスチック、など。それらを複合する場合もある。
現在は金属製フレームとアセテートというプラスチック製が主流だ。
そんな中でも泰八郎謹製は、セルロイドを素材として造り続けている。
『セルフレーム』の名の通り、セルロイドはもともとフレームとして古くから使われていた素材ではあったが、材質的に固く、加工が大変なため大量生産に向かず、材自体に可燃性があるため次第に使われなくなっていった。
とはいえ、セルロイドには鼈甲のような独特の美しさや暖かさがあり、今でも人気が高い。また、天然素材のため土に還る。
山本氏はこのセルロイドに拘り続け、ブレることなく一貫してこの素材でフレームを造っている。
その理由は何点か考えられるが、よく言われるのが『ノー芯製法』つまり、芯が無いことによる仕上がりの美しさだろう。
金属フレームは別として、アセテートで造られたメガネのテンプル部には、殆どといっていいほど金属の「芯」が入っている。これはアセテートが強度的に不足しているため補助材として利用されているためだ。
例え芯が入っていたとしても、ブラックなど濃い色で塗られている場合は良いが、クリアなど透ける素材を使用する場合は問題だ。これが、やはり美しくない。
一方、セルロイドはプラスチックの一種とはいえ、石油から造るプラスチックと違い、天然のものから造られる天然樹脂であるため、何年か寝かせることにより、乾燥し、非常に固く弾力性に富む性質を持っている。そのため、芯を入れなくても強度的に不足はないということだ。
あまり詳しくないのだが、プラスチックの一種であるセルロイドに『寝かせる』という行程があることにビックリした。

山本氏を始めメガネフレームの職人さん達がメディアに登場し、急速に注目され始めたのはここ十年ぐらいの話であろうか。
「流行(ブーム)は過ぎ去った・・」なんて言っている人がいるかもしれないが、こうした逸品に流行はないと思っている。
ストイックなまでに拘り続けフレームを磨く作業などをWEBで見ることができるが、やはり相当に手間が掛かっている様子がうかがえる。
フレームは素人考えだと型抜きで造っていると思っていたが、泰八郎謹製(職人さんのフレームはみんなそうだと思うが。)では、分厚いセルロイド一枚からもの凄く細い糸鋸で切っている。ちょっとでも引っかかればすぐにでも折れそうな雰囲気だが、そこはやはりプロ。巧みな糸鋸裁きで型を決めていく。
セルロイドは磨きによってその素材の持ち味を100%引き出されるが、泰八郎謹製では10回以上の研磨を行うということだ。映像を見ると一見無造作にやっているようだが、細かく確認すると一点の歪みも無く削られ整えられていく。これが、職人技というものか。素晴らしく、機会があれば是非生で見たいものだ。
メガネフレーム造りに限らず、こうした業の継承は後継者不足により失われつつあるのが現状のようだ。
山本氏は泰八郎謹製として以前はもう少し数多くのフレームを造っていたが、高齢のためその生産を縮小せざるを得ず、現在、泰八郎謹製ブランドとして入手できるのはPremiereシリーズと呼ばれるフレームだけになってしまった。価格も改定され、品質を考えても、将来安くなることはないだろう。
このPremiereシリーズは、現在 IからⅤまでが生産されており、各色3〜4種類(黒・黒クリアのツートン・グレー・ササなど)ぐらいあるようだ。
Premiereシリーズは基本限定品ではないようだが、数は極端に少ない。特にⅢは数が少ないようだ。

現在泰八郎謹製のラインナップを見ると、その殆どはウエリントン型と呼ばれるフレーム型をベースに若干のデザイン変更を加えて造っているようだ。
外見上の特徴と泰八郎謹製のアイデンティティーを感じさせるリム上の2つの飾り金具。この金具はシルバー925(純銀)でできており、IとⅡが同じでⅢ〜Ⅴすべてデザインが違う。自分も気に入っているポイントのひとつだ。
最後になるが、泰八郎謹製は一般的なメガネフレームの価格からすると決して安くは無い。しかも人気があり、品数が無い。・・・となると、生まれるのが『偽物』である。
これは、なにも泰八郎謹製に限らず、職人系のフレーム全般に言えることなのだが、一目で見分けられる出来の悪いものから、本物そっくりなものまで。自分は見た事がないので明言を避けるが、アセテート製の原価を考えると造る価値というのはあるだろう。
問題はその捌き方だ。当然だが名のあるshopでこれをやったら大変なことになる。このご時世あっという間に叩かれて倒産だろう。最も注意しなければならないのはオークションなどだろう。出所のわからないようなものは注意が必要だ。
よって、少しでも不安がある方は正規取扱店で購入することをお勧めする。
後継者問題の点でも触れたが、メガネフレームに限らず、日本が誇るこうした素晴らしい商品が、もしかしたら無くなってしまうかもしれないというのは残念でならない。かといって、自分がやれるわけでは無いのだが・・・。
山本氏が映像の中で仰っていた、ふたつの言葉。
「自分の名前が刻印される責任」
「月に仕上げる数は何百とあるけれど、お客様が掛けるのは、この一枚。それを大切に造ろうと心がけている。」
そう静かに語る山本氏の妥協無き職人のプライドが気持ちよかった。