The flight of Phoenix2.

11 16, 2013
保存修理の現場から2-1
建物記ファイル№0021
平等院鳳凰堂 Phoenix Hall of Byoudoin Temple

さて、
今回も『体感 〜伝統の技と心〜京都保存修理の現場から2013』の平等院修理見学会レポート(中編)をお送りします。まぁ、続きものなので、たいしたことない前編をご覧になりたい方はこちらからご覧下さい。
『体感 〜伝統の技と心〜京都保存修理の現場から2013』前編
こうしたものを書いてるとついつい専門的になってしまうのですが、あまり堅苦しくない読み物ですのでサクッと読めます。(笑)
今回の鳳凰堂の修理は主に以下のことが主体となり進められているようです。

●解体は行わず小規模な修理を行う。
●要項は屋根瓦の葺き替えと発掘調査などに基づいて軒丸・軒平瓦デザインの変更(中堂・翼廊・尾廊)
●退色した塗装については、残存した当初の塗装から化学分析し、平安建立当初に近づけた彩色を行う。(塗装)

まず、すでに昭和の大修理から50年以上経過した鳳凰堂。自分も修理直前に見に行ったのですが各所に痛みが目立ちました。特に瓦はボロボロだった印象があります。何か屋根裏にアライグマが棲み着いたという笑えない話もあったし、来るとこまで来ていたような印象でした。
同時に柱などの退色もかなり進行していたようでした。ただ、瓦などがボロボロ・・というのと違い、彩色は全体的な印象に直結するためデリケートな問題として扱い方にも意見が分かれます。

まずは、平等院の外観的な変遷から解説がありましたのでそれをトレースしていきましょう。
kenngaku
DSC01153.jpg
【左・阿弥陀如来座像がある背面の板に描かれていた画】【右・狩野永徳によって描かれた鳳凰堂らしき建築物】

鳳凰堂の外観上変遷と修理の歴史
えぇ〜、ちょっと見にくいのですが、こんなパネルを使って解説が始まります。
平等院鳳凰堂はこれだけ有名な建築であるにも拘わらず古い資料というのが殆ど存在していません。よって、建立当初の鳳凰堂がどのような形状をしていたかというのは、実はよくわかっておりません。僅かに古い画などの資料からそのビジュアルを読み取るしか無いようです。
まず、上の写真の左側に見られる建物のようなもの。(笑)これは、鳳凰堂の阿弥陀如来座像がある背面の板壁に書かれている画だそうです。この画は鳳凰堂が建立されてから描かれているのが確認されており、もしかしたら鳳凰堂を描いたものではないかといわれている画だそうです。資料的にもかなり貴重なものなのですが・・翼廊の突き出た感じとか、なんとなく鳳凰堂の匂いは感じながらも決め手に欠ける印象でしょうか。けれどかなり雰囲気はありますね。

そして、右が中世に狩野永徳によって描かれた『鳳凰堂らしき建築』の画です。
この鳳凰堂「らしき」といのがみそで、鳳凰堂とは断定できません。よく見ると鳳凰堂に非常に似ており、尾廊も確認できますが、翼廊は今と違い上部が無いようです。また、高欄も無く、こちらもかなり似ていながら決定打に欠けるようです。・・・とはいいつつも、「じゃぁ、これは何?」ということになるんだろうが、どこまで細密に描かれているかは別としても鳳凰堂の可能性は非常に高いのではないでしょうか。
こうしたように、現在我々が目にする鳳凰堂の建立当初については結構今と大幅に違う建築だった可能性があるようです。
DSC01154.jpg
【左・明治の大修理前】【右・明治の大修理後】軒から下がる柱、基壇の整備に違いがみてとれる。

代表的な外観についての変遷の一部について解説がありました。
明治時代、資料的にも鳳凰堂の姿は写真という形で残るようになり、後世しっかりと確認できるようになっています。
上パネルは明治修理前(明治30年頃)の鳳凰堂と修理後の鳳凰堂の姿です。鳳凰堂の外観的変遷を語る上でこの写真は貴重な資料と言えます。
まず、ここでの外観上の最も特徴的なもののひとつが軒を支える柱の有無です。
実際現場であった写真でも小さくて確認しずらかったのですが・・。
鳳凰堂修理明治
現場で撮影したパネルを無理矢理拡大し、コントラストを上げると・・ハッキリと写っています。
丁度高欄と隅垂木を結ぶラインあたりにかなり太い柱が入れてあります。(※ 中央左にある細い「つっかえ棒」みたいなやつじゃないですよ。笑)
この柱の意図・・これは中世以前に行われた修理の際、屋根構造が上手く機能しなくて軒が下がってきたために施された処置だということです。
この対策として、鉄の筋交いらしき部材を屋根裏に入れ補強をしたそうです。下の明治修理後の拡大写真を見ると柱は綺麗に取り払われています。
鳳凰堂明治修理後3-1
この軒が下がる問題については、今一度根本的な問題に立ち返って想像してみると・・。
実は建築当初、鳳凰堂は瓦葺きではなく、もっと軽い板葺きだった可能性が指摘されています。まぁ、普通に考えれば板葺きの方が圧倒的に軽いので構造的にも多少の痛みで済んだはずですが、仮に、後に瓦葺きに葺き直されたとすると、やはり重量からくる構造的な歪みが発生するわけです。それが、何百年と経過していくに従って軒を大きく下げたのではないかと考えられるわけです。
板葺きから瓦葺きに変更という由々しき問題については、元々なぜそうなったかは定かではありません。
現在のように厳格に守られた修理保存の規定や法律が無いまま、おそらくは明治30年の古社寺保存法が交付される前、寺が抱える営繕さん達によって時代時代の最良の方法が取られ、直された結果なのだと思われます。こうした時代、オリジナル云々は特に考えられたわけではなかったのでしょうか。
ちょっと残念です。
鳳凰堂貫
【鳳凰堂翼廊の柱部分】

また、これは鳳凰堂翼廊の柱下部ですが、ここに使われている技術『貫』(ぬき)。本来は柱の中で臍(ほぞ)同士がガッチリ組み合い、間を通し楔を打つことで建物の剛性に一役買っている技術なのですが、本来この貫という技術は中世以降に生まれたもので、やはり鳳凰堂建立当初には無いものだったようです。永徳の洛中洛外図の鳳凰堂(らしき建物)にも貫は無いようです。

こうした変遷を経て昭和〜平成へと我々が目にする鳳凰堂へと繋がっていくわけです。
10en.jpg
ところで、
この変遷を語る上でちょっとしたお話がありました。
鳳凰堂を訪れる方が意外とやっているのが、10円玉と鳳凰堂を同フレームに収めるおなじみの記念撮影。鳳凰堂がデザインされているので何となくやってみたくなります。
ところが、この10円玉の鳳凰堂と現在の鳳凰堂を見比べたとき、何となく違う部分があるのがおわかりでしょうか?
10enn kidann
ヒントはこの中堂部分にあります。
鳳凰堂 檀上積み
もうおわかりですよね。
答えは中堂が建っている基壇部分です。
screenshot_998.jpg
【鳳凰堂基壇イメージ 左・壇上(正)積み 右・亀甲積み】

この鳳凰堂の基壇部分。昭和修理前までは亀の甲羅を組み合わせたような亀甲積み(きっこうずみ)と言われる積み方でした。この積み方は調査の結果江戸時代中頃に造られた(変えられた)ものだということがわかったそうです。その後、昭和の修理ではなるべく鳳凰堂の変遷に沿った修理方針が第一に掲げられ、発掘調査などの研究から判明した縦と横の石組みである檀上積み(だんじょうずみ)と言う積み方に改められました。この壇上積みは基壇の中でも最も格式が高い積み方であるということです。
10円玉の発行(昭和26年)と昭和の修理(27年)が生んだ僅かな時間の妙といえます。

このようなことから、我々が目にしている現在の鳳凰堂は、平安の建立当初〜江戸時代に修理された紆余曲折を経て、鎌倉〜室町時代あたりの鳳凰堂を再現した姿を目にしていると言うことになります。

本来の鳳凰堂は?
この他にもうひとつ外観上の大きな特徴と言えば、鳳凰の翼の部分と言われる翼廊です。
この翼廊、厳密には役目の無い謂わば「装飾」とも言えるものなのですが、問題はその用途では無く、柱が建っている足下。ここに注目です。
screenshot_997.jpg
冒頭の狩野永徳の洛中洛外図にもあるように、この翼廊の柱は阿字池からニョキっと直接的に建てられていて、イメージで言えば広島の厳島神社のような建て方であったのではないかと言われています。水面に浮かぶように建てられる鳳凰堂。いかにも浄土、阿弥陀堂に相応しい佇まいですが・・・。これについては確証が無く、再現も困難なため現状に落ち着いていると言うことです。

このように、鳳凰堂が辿った外見的変遷や、調査からわかった鳳凰堂の特徴的な話と解説をしていただきました。
screenshot_994.jpg
【新デザインでいよいよ登場!鳳凰堂軒平瓦】

と、いうわけで、
本来であれば短くまとめ、前・後編ぐらいのつもりだったんだけど、思いの外長くなってしまったのと、見学会のLIVE感が無いまま中編としてここまで来てしまいました。
長くしようとすればまだまだ長くなるのですが(笑)、次回エントリー(後編)で完結とします。
エントリー内容は、今回の修理のメインとも言えるべき新デザインの瓦、及び全体的な塗装についてレポートすることにします。もう少しお付き合いを。(後編につづく)

0 Comments
Leave a comment
管理者にだけ表示を許可する
Top
プロフィール

Author:Kazz
Welcome to my blog

Kazz zzak(+あい。)へようこそ。
Kazz zzaK(+愛・逢・遇・合・・・ etc)
あい。は、人それぞれ。

英語で i は自分ということ。

Kazz zzak(+i)

色々な「あい。」と自分をプラスして
Kazz zzak+i=「Kazz zzaKi」

「カズ雑記」

身の回りの好きなこと。好きなモノ。
関心のある事。
写真と共に何でも書いていきます。

気に入ったらまた遊びに来てください。

尚、このブログ内全ての文章・写真には著作権があります。販売も行っておりますので
無断で使用・転載する行為を固く禁じます。

コメントは基本的に悪質で無いものは承認する方向です。
ただ、メールで個別に対応することは時間的にも余程のことが無い限りできませんので
コメント通してすることになります。宜しくお願いします。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター