集結、光悦ずくし。サンリツ服部&五島美術館 国宝白楽茶碗『不二山』を見たか!?

12 13, 2013
光悦扉5
国宝 本阿弥光悦作 白楽茶碗 銘「不二山」  Kouetsu Honami sirorakutyawan「FUJISAN」

さて、
芸術の秋も過ぎ、師走となりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。
CG陶芸家(笑)のKazzです。
当ブログが始まって約3年。現在までのエントリーの中には茶道関係のエントリーが結構あります。

龍光院 密庵→開くか !? 禁断の向こう側。そこは「日本一見ることが難しい国宝」と呼ばれる場所。
国宝志野茶碗『卯花墻』→ 超希少、二分の一の国宝。その銘は「卯花墻」
初花肩衝→最強アイテム?数寄の究極 天下の三肩衝 唐物肩衝茶入 銘「初花」
古天明平蜘蛛→命との天秤。伝説の茶釜「古天明平蜘蛛」松永久秀 流、死の美学。
千利休 泪の茶杓→ふたりの泪。

小さい頃から母の影響で茶道具に親しみ、茶筅でお茶を点てていた自分にとって茶道具とは非常に身近なモノでした。その頃は何も解らずただただ遊んでいたようなものだったが、本物を見るようになって初めてこうした道具の素晴らしさ、奥深さが解ったような気がします。特にブログを書くようになってからは第三者にも伝えることを考え可能であれば写真を撮ったり、メモを書いたり、話を注意して聞くようになりました。
そんな中、9月の終わりになるのですが、念願かなってある『国宝茶碗』を見て参りました。本来ならもう少し早くエントリーしたかったのですが、秋旅行やら鳳凰堂のレポートやらでここまでかかってしまいました・・。(泣)
以前、同じ国宝茶碗である卯花墻のエントリーをしたと思いますが、その際に冒頭で皆さんにこんな質問をぶつけてみました。それが、
「国産の国宝茶碗は一体何碗あるか?」 というものでした。
正解は、輸入品を含めると国宝の茶碗は8碗。うち、国宝の国産茶碗は「たった」の2碗しかありません。
この「たった」というのがミソで、我が国の茶道の文化や影響力を考えると明らかに少ないです。
そのうちひとつが志野茶碗「卯花墻 (うのはながき)」
そして、もうひとつが、
冒頭扉の、銘『不二山』という茶碗です。
造ったのは、江戸初期の芸術家 本阿弥光悦(1558〜1637)です。

不二山とは、あの富士山では無く、不二山。
銘の由来は富士山ですが、釜から上がったこの茶碗が世にふたつとして無いもの、二度とこのような素晴らしい茶碗が造られることは無いということから唯一無二の茶碗として光悦自ら『不二山』と銘を決めたのです。
DSC00952.jpg
ところで、富士山が世界文化遺産になったのは記憶に新しいところですが、この世界遺産級の国宝茶碗「不二山」がいったいどこにあるのかご存じない方もいらっしゃると思います。以前、千利休の「涙の茶杓」が徳川美術館門外不出のお宝中のお宝であることはエントリーしましたが、この「不二山」も同様に門外不出のお宝です。後にご紹介する五島美術館の光悦コレクションにもこの「不二山」は貸し出しされませんでした。
で、問題の『不二山』はどこにあるのか?
それは、写真上の外観をした長野県諏訪市にあるサンリツ服部美術館が所蔵しております。
現在『〜織り込まれた歴史と美〜 名物裂(ぎれ)を探る。』(12月20日(金)まで)という展示が行われており、そこにこの『不二山』が特別展示されています。
この不二山。展示自体はどのくらいのスパンで行われるかよくわからないのですが、早くても一年に一回という機会らしいです。(未確認)
ですが、こういうものは「思い立ったが吉日」どのような理由により公開が制限されるかわかりません。見ることができるうちに四の五の言わずとりあえず見に行く。これ、鉄則です。
自宅のある東京から諏訪までは車で約2時間、とりあえずこの茶碗を見にハンドルを握りました。
screenshot_1022.jpg
サンリツ服部美術館には初めて来ましたが、綺麗な美術館です。
お目当ての不二山は展示室のやや奧側の中央部に単独で展示されていました。
初日の午後にも拘わらずお客さんはゼロ。独占でした。(笑)
今回の展示は『名物裂』ということで、所謂茶入れの袋物の展示が主なのですが・・実はこちらにも凄く興味がありましたが、何はなくとも不二山です。
fujisann 7
【国宝 白楽茶碗 銘 『不二山』 本阿弥光悦作】
まっ、こういうものは撮影が禁止であることが勿論なので展示されている写真はございません。
卯花墻 の時もそうでしたが、形がないと話が進まないので、上手くないCGを元に話を進めていきましょう。
ちなみに、不二山は箱も共箱(光悦が銘を書いたもの)で包裂(袖裂)と共に附国宝指定です。
screenshot_1025.jpg
【逆富士ならぬ、逆不二】

不二山は、茶碗か?
当たり前だが不二山は茶碗である。
そして茶碗は茶席における亭主とゲストの接点として最も重要な言葉を生まぬコミュニケーションツールである。
まだ茶道なんて明確なものがなく、ただただお茶を飲む程度というのものが主流であり、現代ほど鮮明では無かった平安時代の初め頃、珍重されたのは中国製の青磁や白磁の唐物と呼ばれる茶碗であった。ただ、この頃の茶道はいわゆる今日の茶道とは違うものであり、道具に対する美意識もそれ程では無かったようだ。
十三世紀頃になりチラホラと茶道(茶の湯)が武家社会に浸透し始めると道具としての茶碗が注目され始め、拘りが感じられるようになった。名のある茶人や武将がこぞって道具に目を向け始めた。中でも南宋時代の天目茶碗は殊の外珍重され、それらを巡ってあちこちで争奪戦が始まった。
ところが室町時代の中期、15世紀ぐらいになると唐物をありがたがる意識はガラガラと音を立てて崩れ、一転して独自の美意識による創作茶碗への流れが生まれていった。それを成したのがかの千利休である。
そこで生まれた楽茶碗は後の茶道を具現化したようなシンプルこの上ないフォルムをし、これはいずれ究極に無駄を省いた2畳半茶室などの美意識にリンクしていった。
そうした流れが現代の茶碗、そして茶道へと繋がっていく。

創作茶碗が主流を占め、茶道が武家社会で必須のコミュニケーションになると、より洗練された道具としての茶碗は芸術品へと昇華し、有り難がられた。
現代でもそれは変わらない。茶碗は芸術品とされ、本来の目的からほど遠い場所へと飾られるようになった。
screenshot_1039.jpg
そして、不二山である。
目の前にその姿を現した不二山は思ったよりも大きい印象だった。
富士山がその頂きに雪を抱いたかのようなツートンカラー。景色を眺めると、どうみても「富士山」にしか見えないから不思議だ。
真横からみたり、上からのぞき込んだりして、ほぼ独占状態であるこの不二山を穴の空くほど眺めてみた。
すると写真ではわからないことに気がつく。
この不二山はそれほど綺麗な茶碗ではないということだ。
遠景で見る富士山は確かに筆舌に尽くしがたい美しさを纏うときがある。ただそれはあくまで観賞用の遠景であって、実際に登る対象としての富士山は思いの外険しい。死を伴うときもあるし、岩肌はごつごつで登りにくい。
決して、美しいだけの山ではないのだ。
不二山の肌もそれと同様に美しさはそれほど感じない。全体的に無骨で胴下部から高台にかけては煤けたような色になっている。肌はさらに荒れ、岩石をような堅さを感じる。全体的に男っぽく、得体の知れない力強さを感じる。
確かに美しくはないが、富士山=不二山。銘共々にこれほど一致する茶碗はこの世にはないだろう。
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不二山は、作ったのか、創られたのか。
不二山が造られた行程の妙に、世間一般では二通りの説があるという。
ひとつは、完全に意図して造られたもの。もうひとつは、偶発的にできあがったといものだ。
そもそも茶碗というものは、その完成に作者の意図するところの100%が及ばないアナログさがある。
形や色など例え99.9%反映されていたとしても、釜入れから焼き上がりまでを100%コントロールできる人はいないということだ。つまり、限りなく少ない『偶然』という何%かが入り込んでしまうのだ。
不二山もそうだと言うひとがいる。
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自分もはじめてこの不二山を見たとき、これは狙って出来るものではないだろうと思った。
多分自分がそう思うぐらいだから偶然に出来た説を唱える方が多分多いのだろう。
実際にこの茶碗を目の当たりにすると、その思いが強くなる。一方で、ではなぜ茶碗の中も計ったようにツートンカラーになっているのか、だとか、素人なりに考え出すと不思議な感じがする。
本阿弥光悦という人物を知れば知るほど
「この人なら、もしかして狙って作ってしまうのではないか?」
と思うようにもなった。
何せ誰もやらなかった蒔絵を盛り上げてしまった人だから。あの、大胆かつ繊細なデザイン脳があれば、作ると言うより創作のしての運を呼び込むことも可能なのでは無いか。
不思議な茶碗だ。
光悦11
不二山を造った男「本阿弥光悦」
自分は本阿弥光悦について薄学といっていいほど(笑)なので、光悦像についてはごく一般的な認識だ。
稀代のマルチアーティストとしての光悦は何においても非凡なる才能から、よくレオナルド・ダ・ヴィンチなどに例えられる。
個人的な光悦の印象、特に肖像画や座像から見るその人相は・・稀代の芸術家を捉まえて言うのも何だが、
『近所のもの凄く人の良さそうなおじさん。』というとうこだろうか。耳が大きく、帽子をかぶるその容姿は、ニコニコと笑って福を呼ぶ恵比寿様のようだ。一見、芸術家特有の気難しさとは無縁の感じがする。 
創作する時間はゆっくりと流れ、ミスをしてもあまり気にしない。大雑把だがそんな創作スタイルを保っている気もする。但し、こういう人こそ所々頑固だったり、妥協とは無縁の自我を保っている人が多い事を付け加えておく。
こうした印象はあくまで外見からの先入観でしかないが、実際はどうなのだろうか。
これは実際にはよくわかってはいない。
本阿弥家はもともとが刀剣の鑑定などで有名な由緒ある家系だ。環境的に幼き頃から芸術に対する鋭い感性を養われていた。ただそれはあくまで刀剣の鑑定や磨ぎなどの間接的な仕事を通してであって、どのような過程を経て芸術家としての光悦が造られていったかについては大いに研究する価値があるといえる。

芸術家としての光悦の三本柱と言えば、「書」「漆芸」「陶芸」であることはいわずもがな。いずれの分野においても素晴らしい才能を発揮している。また、それだけではなく、あの「俵屋宗達」の非凡なる才能を見抜き、プロデューサー的こともやっていた。俵屋宗達をもってして「彼が居なければ今の私は無い。」とまで言わせるとは。
この奥深き芸術家がどのようにしてその才能を開花させていったか、『不二山』をつくった男、本阿弥光悦に興味は尽きない。
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さて、
本来ならこうした場でこそ光悦というテーマについて持論を展開したいところだが、残念ながら時間が無く別の機会に譲りたい。
というのも、今回エントリーしたかった『不二山』や『本阿弥光悦』に関しては、同時期に五島美術館で行われていた『光悦〜桃山の古典(クラシック)』に足を運んだことにも関係している。
サンリツ服部美術館も良かったが、この展覧会は素晴らしかった。国宝の船橋蒔絵硯箱をはじめそうそうたるコレクションで、よくぞこれだけのものを集めることができた。と、感動した。今後これだけのものを集めるのはかなり難しいんじゃないかと思うぐらいだった。しかしながら、ここに『不二山』があれば完璧だった。同時期に自分の博物館で『不二山』の展示があるとはいえ、何十年振りかの光悦単独としての展覧会に『不二山』が無いのは残念だった。
逆を言えば、もうこれは長野県諏訪市までいくしかないということだろう。(笑)
この展覧会の会期は終了したが、結局当ブログでも会期中にエントリーすることは出来なかった。
今回も当ブログとしては非常に不本意なのですが、何せ冒頭の『不二山』が特別展示される『〜織り込まれた歴史と美〜 名物裂(ぎれ)を探る。』はいよいよ12月20日(金)まで。土日は14・15日が最終です。どうしてもこれに間に合わせるためこうした形でのエントリーになってしまいました。(泣)
不二山扉6
それほど遠くない昔、こうした茶碗は様々な情景を生んできました。
この不二山はいくつの情景を見てきたのでしょうか。
魅せる力。
日本の象徴ともシンボルとも言われる富士山と同じ名を持つ白楽茶碗。
それが、本阿弥光悦作、銘 不二山。

2 Comments
By 老婆心12 17, 2013 - URL [ edit ]

>小さい頃から母の影響で茶道具に親しみ、茶筅でお茶を点てていた自分にとって茶道具とは非常に身近なモノでした。

ひょぇぇぇ~かっこいい!

実はですね、出かけたでお抹茶とらくがんをごちそうになり疲れた体に「効くぅ~」な感動を覚えまして「そうだ お茶 たてよう」な気持ちになりました。いつも茶葉を買う店で「湯のみにスプーンでクルクルの奥さんもいる」と聞いてやや気が大きくなり茶筅(120本立て!)を入手、あとはお茶碗を…

ただのシロウトが飲むだけなのよ~季節柄じゃない好きな形のきれいでお手頃な茶碗が欲しいだけなのに、なぜあんなに高額なのか。お稽古もしてない覚悟のないシロウトは手を出すなってことか…とひがみにひがむ年の暮れかな(老)

By Kazz12 17, 2013 - URL [ edit ]

老婆心さん こんばんは。

ここんとこ茶道関係のエントリーが続きましたので一部のマニアにしか受けていないようですが・・。
次回からは少し戻します。(笑)

自分も自宅ではあまり抹茶は飲まないのですが、実家に帰ると必ずといっていいほど母の練習相手をさせられます。(笑)
疲れた身体に甘いもの。抹茶にらくがんとはこれまた渋いですね。
健康上からも抹茶は良いそうです。茶筅まで購入とは。
けど、本当に良い(とされる)茶碗は高いですね。自分も高価な茶碗はもっておりませんが、初めてであれば
値段の手頃なものが沢山ありますよ。
精神統一効果もありますし、習慣的に始めてみてはいかがでしょうか。
また、日本の歴史からも茶道は切り離せないですし、色々な場所で知識が役に立つときもあります。
そういう意味でも、是非。

いつも、コメントありがとうございます。

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