日本一危険な国宝5

11 29, 2010
三徳山 三佛寺 投入堂5 Mitokusan Sanbutsuji Nageiredou 5
Kazz日本全国古の旅


文殊堂

文殊堂。崖などに建物を建てる高度な技術「懸造り(かけづくり)」文殊堂を見て最初に思い浮かべるのは京都・清水寺。組み合わされた木材がひとつのデザインとなり、素晴らしい融合美を魅せる。

文殊堂と地蔵堂

投入堂修験道最大の難関とも思える「くさり坂」手前まで来た。
よし、いよいよかぁ、と、思ったが・・、ちょい待ち。「くさり坂」の前に難所があるんです。

くさり坂手前

それが、ここ。名付けて「くさり坂、手前坂」。

おーっ、斜度60~70度近くはあるだろうか。岩場むき出しのいかにも滑りそうな坂だ。

日頃デスクワーク主体の同行者は一瞬唖然。何とか奮起して一歩を踏み出す。
写真で手に掴んでる横断しているこの「根」に助けられた模様。ここでも「根」サン大活躍です。
この横断している「根」を越えて左にルートを取れば年配の方でも問題なく上がれます。
この、やや高い難易度の「手前坂」を越えていよいよ現れます。

くさり坂

さぁ、投入堂修験道の真打「くさり坂」いよいよ登場。

「おぉ、確かに凄い。」

距離は15m程度だと思いますが、傾度がキツい。人生で鎖を使って坂を登るってことが何回あるだろう。(笑)

同行者、再び唖然です。但し「手前坂」より傾度は低いです。適当な凹凸があり、雨の日でなければ大丈夫そうです。ただ、最初の上がりが大変です。上がってしまえば、後は頑張れば大丈夫。右にルートを取り、文殊堂の柱を掴みつつ上がるという技もあります。同行者は、会社の同僚に「絶対迂回ルートは取らない」と宣言してきたらしく、「ここを登らないと何言われるかわからない(笑)」と、ある種使命感のように登っていきました。

くさり坂2
くさり坂3

以前のエントリー「日本一危険な国宝3」でも記しましたが、この「くさり坂」には迂回路があります。下りの人の為の道で、基本的には一方通行となりますが、下りの人の列が切れたら登れると思います。ご年配の方などはこちらから登られることをお勧めします。

この最大の難関「くさり坂」を上がると文殊堂です。

文殊堂全景2

文殊堂。日本の懸造りの中でも、かなり標高の高い場所にある建物。こうした貴重な建物に上がり、景色を見ることの出来ること自体がこれまた貴重な体験である。

この文殊堂は、国の重要文化財で室町時代に建立された建物であると言うことです。
投入堂にばかりスポットが当たりますが、なかなかどうして、懸造りの建物としても凄いと思います。
投入堂の情報は色々ありますが、この「文殊堂」や、この上の「地蔵堂」は関しては、殆ど情報はありません。
「文殊堂」と言うぐらいだから、文殊菩薩像が祀られているぐらいしか分からない。扉は常に閉められているようで、何年か前に滅多に見られない内部が公開されたと言うが、写真でも見たことがありません。

文殊堂一回り

恐怖におののきながら写真を撮る。これほどの開放感は滅多に味わえない。こうした「素晴らしい景色」と、表裏一体にある「死と隣り合わせ」が意味する現実は、それがこの場所に立つということの深い意味を感じさせているようにも思えてならない。ただ景色が良いだけでここにお堂を建てたわけでは決してない。

多くの方が体感したと思うが、この文殊堂は廊下を一回り出来るようになっている。懸造りで只でさえ崖から張り出されるように造られているので、その開放感たるや、中々類を見ない。一瞬空中を浮いているような錯覚に陥る。この日は快晴で、遠く日本海まで見ることができた。雨を逃がすため、やや床が外側に傾斜している。人工的な建物などが視界にないので高さの感覚が麻痺するが、勿論落ちたら只では済まない。すれ違うときは細心の注意を払いたい。また、この場所でふざけあうなどはもっての他だ。

文殊堂景色

遠く日本海が見える。本当に凄いところに建てたものだ。ここからの景色を見られることに感謝。

人間の心理というものは面白いものだ。おそらく、この文殊堂を回ろうとしている人は、全員がここから落ちたら只では済まないと認識していて、個人個人がそれぞれ最大の防衛策をとるので、何か突発的なことでも無い限り事故が起こるケースは非常に少ないと思う。すれ違う人がそれぞれ声を掛け合い、誰もが傷つかない、付かせないという気遣いや思いやりをもって歩いている。信号などがない複雑な交差点で事故が少ないのと同じで、要は意識の問題である。自分を思いやり、他人に気を配る。我が物顔で歩くことなど許されない場所である。そう、そして、なまじ柵など設けない方が良い。あまつさえ、柵などと言う甘えがあるから転落する。逸脱した行為も同様だ。人生と同じか。自己の意識を強く持って進んでいかないと人は転落していく。

ここからの眺めは素晴らしい。偉大なる先人達が、ここに苦労してお堂を建てた意味は、ここを廻つて初めて分かった気がした。修験道という名のもと、考えさせられる。

地蔵堂

建物が似ているので、ひとまわりしていると一瞬フラッシュバックしたかのよう。ここからの眺めもまた絶景です。

さらに少し上がると同じような建物がある。この建物は「地蔵堂」。この地蔵堂もお堂をグルリと一周できる。
建立時期といい、造りといい、文殊堂と非常に似ている。道中さほど急ではない上り坂から現れる建物で、文殊堂のくさり坂のような難所があるわけではない。基本は入母屋造りに唐破風を持つ建物で、建立時代は室町時代の建物だ。ここからの眺めも素晴らしく、高所恐怖症でないひとは注意しながら一回りすることをお勧めする。残念ながら各所の扉は閉ざされていて中を見ることはできない。
面取り説明
ここで、折角Kazz zzaK(+あい。)に遊びに来ていただいたので、今回の最後に、少し古代~近世の建物についてお話しします。
寺社仏閣などが好きな方は勿論のこと、ふと旅先で出逢った古い建物など、
この建物一体何時頃のモノなのかなぁ?
と思うときはないでしょうか。予備知識の無いときに、意外と役に立つのが「柱から見る時代」の特定です。自分も建物を見るときの指針にしているのですが、上図のように、実は「柱の面取り」を見ると、大概の建物の時代がわかるということ、ご存じでしたか?これ、本当に役に立ちます。

例えば、今回目指す投入堂は、平安時代後期の建物と言われています。「平安時代後期」の建物は、面取りが大体1/5になっています。但し、投入堂は非常に大きい面取りをしてあり、(殆ど8角形)やや特殊なケースです。時代はやや上り、「鎌倉時代」の建物になるとこれが1/7ぐらいになります。そして、今回の文殊堂や地蔵堂など「室町時代」の場合1/10ぐらいになり、これが近世「江戸時代」になると1/14ぐらいにまで小さくなっていきます。全て、まったくこのケースに当てはまるかといえば、いきなり投入堂のようなケースもあるわけで、100%とは言い切れませんが、建立時代のわからない旅先で出逢った建物などの柱に注目してみると面白いかもしれません。



さて、いよいよ修験道も佳境に入ってきました。目指す投入堂はもうすぐです。前のエントリーから、少し資料的なものも集まり、CG製作の方もほんの少しだけ進みました。まだまだ下手くそですが、次回「日本一危険な国宝6」では、お見せできるかもしれません。ただ、完成はまだ先になりますので、少し長い目で見てください。素人建物ファンの方、しばしお待ち下さい。


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