日本一危険な国宝7

12 07, 2010
三徳山 三佛寺 投入堂 7 Mitokusan Sanbutsuji Nageiredou7
Kazz日本全国古の旅


鐘楼

地蔵堂を過ぎると現れる「鐘楼(堂)」重さ3トンの鐘をどうやって運んだのか。

いよいよ大詰めになってきましたKazz zzaK(+あい。)「日本一危険な国宝7」です。

投入堂修験道中最も大変な行程はほぼ前半にあり、ここまで来ると殆ど標高差がなく、投入堂まで平行に移動するだけです。前回の地蔵堂からすぐの所にこの「鐘楼(堂)」があります。切妻造りのしっかりとしたもので、歴史を感じさせます。鐘楼(堂)は、三徳山に限らず柱などがそれぞれカタカナの「ハ」の字になっていますが、これはおわかりの通り、鐘を撞いたときに起こる反作用対策で柱が傾いているのです。
この鐘は誰でも撞くことができます。早速撞いてみます。
「ゴォーン」という音が静寂な三徳山に吸い込まれていく感じがします。中々鐘を鳴らす機会が無いのでつい嬉しくなってしまいました。

鐘を撞く(鳴らす)という行為は、元々「時を告げる」という大きな意味の他に、「除夜の鐘」に代表されるような「煩悩を取り払う」という意味があるそうなのですが、この大きいけれど決してうるさくない心地よい鐘の音に心が洗われるような気がします。
この鐘は重量が3㌧もあり、どのようにしてここまで運んだか詳細な記録はないそうです。

先に進みます。

馬の背

写真ではたいしたことの無いように思えますが、右はかなりの急斜面です。

鐘楼堂を過ぎるとすぐ岩場に上がり、そこから「馬の背・牛の背」が始まります。どちらが馬の背で、どちらが牛の背だかわからなかったのですが、いずれにしてもちょっと気を抜くとすぐ谷側に滑り落ちてしまいます。晴れていて山側を歩けば問題ありませんが、間違っても馬の背・牛の背の骨の部分を渡らない方が無難です。(笑)バランスを崩さないように。

そして、右手に山肌を感じながら平行に移動していくと納経堂が見えてきます。

のうきょどうまえ

この辺りも少し気を抜くと滑っていくので注意が必要です。手前に見えるのが納経堂、奥が観音堂です。

納経堂

さっさと通り過ぎてはいけません。納経堂は非常に貴重なもので、なかなかみることの出来ないものです。

そして、これが「納経堂」です。
たいていの方はこの納経堂に注目していないようです。情報も非常に少ないのですが、皆さんこの納経堂を
「投入堂の前菜」みたいに思ってはいませんでしょうか。
いえいえ、ちょっと待って下さい。この納経堂こそ、Kazz zzaK(+あい。)大注目のまさに
貴重な小さな大建築ともいえるものなのです。
只でさえ貴重な平安時代の木造建築が、何の気無しに(失礼)ここにあるとは。

納経堂は、こうした崖のくぼみにあるお堂としては投入堂同様勿論国内最古級ですが、単純な木造建築として考えても、平安時代後期とは相当に古いものです。決して素通りにはできません。

良く見なくても古さを感じさせます。(笑)
投入堂はといえば、現在はフェンスと共に厳重に入堂が制限され、ごく僅かな限られた人間にしか、中に入ることはおろか近づくことさえできません。細部まで確認しようとしても出来るものでもなく、歯痒い思いをしてきましたが、この納経堂に関してはほぼフリーで見ることができます。建築ファンは細部まで良く確認してください。(投入堂を観た帰路にもう一度観てください。)

よく見てみると・・・。この屋根にかけての造り。何かに似てはいませんでしょうか?
そう、投入堂の屋根の骨組みとそっくりです。

納経堂2
投入堂屋根

上が納経堂、下が投入堂の屋根部分。非常によく似ている。

特に、柱と梁を繋ぐ「舟肘木(ふなひじき・船の下半分のような形をした梁と柱を繋ぐ部分)」(ジョイント部)
「飛檐垂木(ひえんたるき・屋根の骨)」の面取りの仕方。 ちょっと名称が分からないのですが、垂木群の両端にある角度の非常に浅いブーメラン型の翼端版のようなもの。(縋破風?)反りの角度といい、厚みと面取り具合といい、木質を除けば、見た目は殆ど同じものの様な気がします。実に色々なところが似ています。

「確かに似てる・・。」

こうした建築様式の相違を確認していると、投入堂と納経堂が極めて近い時代で造られた可能性のあるものであると素人でもある程度認識できます。

納経堂4

屋根の一部が岩に食べられているように見えます。(笑)

投入堂ほどではないが、この納経堂も非常に不安定な状態で建っています。岩場に屋根が噛み込んでいて、いや、屋根が岩場に噛み込んでいるように、何でここまでというぐらいにスレスレに屋根があります。

とはいえ、投入堂はともかく、この納経堂、見た目にも痛みが激しく、修理前の投入堂と殆ど同じような劣化具合をたどっています。垂木の痛みが特に激しくボロボロです。重要文化財でこの有様です。早急にそれなりのリペアをしていただきたいものです。
これは想像の範疇ですが、もしかしてこの納経堂も朱く彩色されていたんじゃないだろうか。

これから投入堂に行かれる方も大勢いらっしゃるはずですが、この「納経堂」是非注目してください。

納経堂3

これを見ると面取りは約1/7ぐらい。明らかに鎌倉時代の建築様式だが・・・。

これは納経堂の柱です。この面取りに注目していただきたいのですが、前々回「面取りの仕方で時代がわかる」という記述をしましたが、この面取りの仕方はどうみても鎌倉時代の頃のものです。
その証拠に、確かにこの納経堂は近年まで「鎌倉時代のもの」とされていたようです。但し後の年輪測定(科学測定)から、建立時代が平安時代後期まで遡るものということが分かったということです。
・・例外中の例外なのか、それとも平安後期から鎌倉時代の境の建物なのか。

・・・さて、ここで素人的に問題と思ったのが、この納経堂などでもそうなのだが、例え年輪測定で平安後期のものだとわかったとしても、文献もなく、建立方法が完全に解読されていない投入堂が果たして同時期に建てられた確証は全くない。・・・のではないか。勿論納経堂もそうです。こうしたものはあくまでそれに基づいた推定にすぎません。ひとつ言えることは、投入堂同様この納経堂もいぜんとして謎に包まれた建物であるということです。

軒ぞり3

さて、ここで折角Kazz zzaK(+あい。)に遊びに来ていただいたので、建物の年代がわかる第2弾として、古代の建物から近世の建物までの「軒反りによる時代の違い」を極簡単に見てみましょう。
投入堂は平安時代後期の建物であるといわれています。軒の形からもおおよその年代を証明しているといえますが。

①古代の建物の屋根は、中心部を折点とし、全体的に緩やかに軒方に上がっていきます。(軒反りは少しです。)

②中世鎌倉時代の建物は、中心部を折点とし、古代の建物より軒反り角度がやや上がります。(室町は近世に近いものもある。)

③近世の建物は、折点からある程度直線にラインが引かれ、軒反りが急激に上がります。

と、いう風に例外はあれど、面取りの他にも建物の外観である程度の時代が分かるのです。
こうした指針となるような基準をある程度記憶していれば、建物などを観るときまた違った視点から感じることができるのではないかと思います。




さて、7回にわたって書いてきたKazz zzaK(+あい。)投入堂編。今回も余計なことをズラズラと書いてしまい投入堂までたどり着けませんでした。ですが、いよいよ次回は投入堂まで行けると思います。あまり長くなるといけないので、今回はこのぐらいにして。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回、いよいよ最終回「日本一危険な国宝8」でお会いしましょう。



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