リベンジ成功!? 金蓮寺 弥陀堂ふたたび。

10 23, 2016
金蓮寺tobira
建物記ファイル№0064
金蓮寺弥陀堂
Konrenji-Midadou

さて、
前回お伝えした「日本唯一」はひとまず置いておいて、秋旅行に時間を戻します。
今回の秋旅行は、三重からから始まり、奈良、京都、滋賀、愛知。最後に静岡県の浜松まで回ってきたのですが、唯一、再訪という形で愛知県にある国宝、金蓮寺弥陀堂を訪れました。
まっ、前回2015年12月の初拝観のときには・・・
screenshot_2496.jpg
こんなこんな感じで、屋根の修復真っ只中。
これを見にいくのを目的としていたわけで、このときはさすがにショックでした。(笑)
と、いうわけで、今回はとりあえず大丈夫。
DSCF5137.jpg
覆屋は外され、まだ真新しい屋根がお目見えした金蓮寺弥陀堂です。
同じような位置から撮ってるんですけど、環境的にも何か印象が違います。
金蓮寺弥陀堂の正確な創建は不明ながら、源頼朝が三河国守護の安達盛長に命じて建立させた三河七御堂の一つと伝えられ唯一現存するもの。つまり、こういったお堂が七棟はあったってことだ。
一間四面堂の流れを汲む鎌倉時代の建築で、県下では最古の木造建築物。国宝指定は昭和30年。

一間四面堂=弥陀堂?素朴な疑問
のっけからで申し訳ないんですが、全景を詳しく見る前に、まず、ひっかかる部分が。
金蓮寺弥陀堂の読み方は、こんれんじ・みだどう。「阿」弥陀堂「あみだどう」じゃないんですけど、これって単純に呼び方の違いなんでしょうか?ここ以外になかなか「弥陀堂」って聞かないんですが、有名どころで、どこかにありましたっけ?
調べると、一間四面の場合、阿弥陀堂ではなく、弥陀堂というらしいのですが、あまり聞いたことがありません。
「一間四面堂ってなんだろう?」
ここでは、一間四面堂がわかりづらい方のために、ちょっとCGにしてみます。正直、自分も確信はないので、間違ってた場合、詳しい方教えて頂けますか?(笑)
screenshot_3060.jpg
まず、一間四面堂といわれ、普通に考えたらこの形です。一間=いっけん。これは、柱の間のこと。柱の間の面がひとつ。長さは時代毎で微妙に違いますが、現代ではおおよそ1.8mとして扱われます。一間四面堂というのは、基本的にはかなり単純な構造です。したがって、耐久性や強度の問題から大規模な建物を建てるためには、柱を自体を太くする必要があるなど、なかなかむずかしくなります。
screenshot_3061.jpg
上の話に準ずると、言うまでもなく、この形は、三間四面堂。
金蓮寺弥陀堂の説明を受けると、必ず一間四面堂という言葉が出てくるのですが、金蓮寺弥陀堂の場合は、見た目にも上のような感じです。
では、なぜこの形式が一間四面堂になるのでしょうか?
screenshot_3062.jpg
阿弥陀堂に限らず、大概のお堂には内陣というものが存在します。宗教やお堂の形態などにより無いものもありますが、考え方としては、本尊を祀るための「より神聖な場所」としての区切りと考えれば良いのではないでしょうか。
上のCGのような内陣を持つ場合、内陣の柱は四天柱。つまり、これが一間四面堂ということになります。
内陣の柱の数が呼び方に拘わってくるようですね。つまり、建物そのものが三間だろうが、五間だろうが、関係なく、問題は内陣。この場合に一間四面堂=弥陀堂という呼び名になるようです。
screenshot_3077.jpg
では、金蓮寺弥陀堂の場合はどうでしょうか?頂いたパンフレットに平面図がありましたので、CGを起こしてみます。
金蓮寺の場合、内陣の特徴として、内陣の柱及び須弥壇がCGのように後ろ側にセットバックされています。
screenshot_3078.jpg
最大の理由は、お堂の内部空間を最大限に生かせること。
金蓮寺弥陀堂はそれ程大きくないお堂なので、おそらくそういった必要性があったのだろうと考えられます。
また、手前の柱二本が無くなることにより圧迫感は消え、本尊を視界に捉えやすくなります。地元の信仰を集める大切な場所ということと、のちに「饗庭(あいば)のお不動さん」と呼ばれる親しみやすさが相乗した珍しい形式なのではないでしょうか。
話しを一間四面堂に戻しますが、こうなると金蓮寺弥陀堂の場合よくわからなくなりますね。(笑)
結論的には、柱が省略されているというだけで、形式は一間四面堂ということでいいのではないでしょうか。
DSCF5151.jpg
というわけで、外観にいきましょう。
それにしても、結構フリーな環境で見せて頂けるものだ・・・(笑)。
国宝というと、大概柵などがあって容易に近づけないようになっているのだが、ここはそういったものがない。
観光客も殆ど居ないし、このお堂が国宝であるということさえ知らない人がたくさんいるかもしれない。ちょっと防犯的に心配になってしまう。
改めて外観を見ると、まず、小さい。
建てられたのは鎌倉時代、だけど船肘木や蔀戸(しとみど)など平安風の建築。
よけいなものは一切無いシンプルそのもの。まさに、シンプル・テンプル。
sugaru2.jpg
sugaru.jpg
屋根の葺き替えが終わったばかりなので、真新しい感じです。
縋破風(すがる破風)で屋根が回されています。手前の垂木は奧側と数が違う疎垂木。よりシンプル。
・・・と、ここで外観についていろいろ話したいと思ったんですが、パンフレットにある一枚の写真が気になります。
DSC03553.jpg
ちょっと、キャプションをトレースしてみます。

解体修理以前の弥陀堂
昭和28.29年に行われた解体修理によって、檜皮葺に改められ、東側の孫庇に小部屋が追加された


と、あります。
この写真がどういった状況の写真かわからないのですが、まず、外観が大幅に違います。
いや、違いすぎるというレベルでしょう。(笑)
屋根の瓦葺き→板葺きの変更は国宝でも結構ありますが、写真の正面は板戸じゃないでしょうか。それを蔀戸に変更したと。

それ以外にも、細かい部分はわからないのですが、かなり変更されている印象です。また、サラッと「小部屋が追加された」とありますが、これはどういうことでしょう。
DSCF5138.jpg
金蓮寺弥陀堂は、大正9年に特別保護建造物指定を受け、国宝指定は昭和30年。つまり、28.29年の修理が終わった時期で国宝に指定されたのではないかと思われます。でも、オリジナル性を保つという観点からも、写真などの確固たる資料が無い限りここまでの改変は普通行わない(行えない)と思うのですが、どうなんでしょうか。
「本当はこういう姿だったんだよ」という想像の範疇からの具現化だと、それはそれで大きな問題でしょう。
現在のように文化財に対する法的整備がなされていない頃の建築(修理)だと思いますので、改築にしても、現在の姿には大きな理由があるのでしょうが、再訪という形で金蓮寺弥陀堂を訪れたにも拘わらず、何だか釈然としないままここを後にしなければなりませんでした。



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